ーベルはないようですが、アペテイートが全然ありません」
「本人自身についての警戒は心要ありませんか」と藤枝がきく。
「ガンツ、ニッヒとは云えませんな。これは私共の方と同時にあなた方の領分ですが、ゼルプスト……」
ここまで云いかけたが木沢氏は流石に医者である。一方の本棚の中にドイツ語の本があるのを見てとると、ひろ子の前で次の言葉を発するのをさしひかえてしまつた。
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木沢氏は、医師の癖でドイツ語をしきりと会話の中に入れたのかそれともひろ子の前を憚《はばか》つてわざとそうしていたのだか、私にはよく判らないけれども、ドイツ語が解し得られるらしいひろ子には充分わかつていたようである。
藤枝が、駿三に自殺の危険はないか、と云つたのに対して木沢氏は絶対に危険なしとは云えない、と答えようとしたのに違いない。
それに早くも気が付いたのか、それともわざと気を利かしたのか、ひろ子は、
「木沢先生がこちらにいらつしやる間、私、父の所にまいつておりますわ」
といいながら、皆に軽く一礼すると廊下の方に出て行つた。
「ともかく今申した通り、秋川さんの容態はそれ自身としてはさして危いことは
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