うな事でございました。
 ところが、近頃はそれがだんだん劇しくなりまして、昨年の夏なんか、どうも眠れない夜が恐ろしいようすなのでございます。私もはじめは、いつもの神経衰弱がつのつたのだとばかり思つておりましたが、ある日、とうとうその原因らしいものを、発見してしまつたのでございます。
 それは、たぶん昨年の八月の末ごろだつたと存じます。ある夕方、私は父の所に来た手紙の束をもつて父の書斎にまいつたのです。まだ父が帰りませんので、一人で何気なくその手紙をそろえておりますと、青い西洋封筒が一つ、床におちました。拾いとつて、ちよいと封じ目を見ますと、そこに赤い三角形の印《しるし》がおしてございます。珍しい印とは思いましたが、別に気にもとめずに、そのままそこにおいておきました。これにはさし出し人の名はありませんでした。
 その夜、父はどうしたわけか夜中二階の寝室でおきていたらしく、あくる日、母が私にふしぎそうに語りましたが、父は、床にもつかず、何か考え、考えてはためいきをついていたそうです。母が何をきいても一さい父は云わなかつたそうでございます。
 すると一月《ひとつき》ばかりたつてからのある夜、
前へ 次へ
全566ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング