「昨年の十一月まで、秋川製紙株式会社の社長を勤めておりましたのです。それが昨年の末になつて急にその会社をやめ、その他一切の会社との関係を断つてしまいました。それで只今では無職というわけでございます。父はまだ四十五才になつたばかりでございますから、隠居をするにはまだ早いのでございますが、近頃大へんな神経衰弱にかかりまして、とても健康がつづかぬからというので、只今申し上げました通り、全く無職の人間となりました。家族は父の他、母徳子と、私が長女で、妹が二人ございます。すぐ次の妹が、さだ子と云つて今年十九才、次が初江と云つて十八才になります。それから弟が一人ございますが、駿太郎と申しまして、これは今年十五才になります」
秋川嬢はここまで一気にしやべつてちよつと口をとじた。藤枝は、無表情な顔で、あいかわらず紫の煙を空中にふいている。
「私が今日うかがつたのは、父についてでございます。父は最近、何かを大変おそれております。一言で申せば、何者かに非常におどかされている。今日にも殺されはせぬかと恐れているようなのでございます。そうです、たしかに父は生命をつけねらわれている、少くとも父自身はそう感じ
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