ます」
秋川嬢ははつきりと答えた。
「一旦、先生を御信用申し上げてお訪ね致しました以上、決してかくし立てをしたり、嘘を申し上げたりは致しません。ただ私、心配なのは私が今日うかがいました用件と云うのが、少々漠然としたことすぎるような気が致しますの」
「漠然? はあ、そりやかまいません。どうかなんでも云つて下さいまし」
「実は今日うかがいましたのは私一個の問題ではございませんのです。それはあの御手紙で申し上げました通りでございます。私、実は父の事について心配な事がございますので、うかがいました次第なのです」
私は少々意外な気がした。これまで藤枝を訪ねて来た若い女性の問題は、たいていデリケートな恋の問題か恋人の行方《ゆくえ》に関してであつたので、私は秋川嬢もきつとこんな話をはじめると思つていたのである。
藤枝は、しかし少しも意外な顔をせずにじつと秋川嬢をながめている。
「私の父は、あのもしかしたら名前位きいていらつしやるかも知れませんが、秋川駿三と申しまして、先頃まで会社の社長をしておりました者でございます」
「先頃までですか。現には?」
これは藤枝がちよつとおどろいた調子できいた。
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