云わねばならぬ」
「実際、もし見られれば万事休矣《ばんじきゆうす》だからな」
「しかし、この位の大シンフォニーの作者がそれ程大きな危険をいかにデスペレートになつたからと云つて、平気で冒すだろうか」

      9

「かりに犯人が死なないうちのやす子、駿太郎の側にいることを偶然に人に見られて万事休矣という場合に立つただろうか。もしそうだとすれば犯人はわりに長い時間(といつても一分か二分だが)に渉《わた》つて非常な危険に身をさらしたというべきである。わが尊敬する犯罪王ナポレオンがいかにデスペレートになつたからと云つてそんなへま[#「へま」に傍点]をやるだろうか。僕はそうは思わないね」
「というと?」
「すなわち犯人の危険は僅か一瞬間だつたのだ。一秒にも足らぬ間だつた筈だ。駿太郎の頭を割つているところ、またはやす子の首をしめている所を見られれば誰だつて万事休矣だ。しかしこれは時間にして極めて短い。犯人の計算によればこれが発見されるプロバビリティはごく小さかつたわけだ」
「じや殺人の直後に見られてもいいのかい」
「そうだ。僕はそう考えるべきだと思う」
「僕にはちよつと判らないな」
「判らな
前へ 次へ
全566ページ中215ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング