している。この手ぬかりの故だよ。もし第三楽章が急に演ぜられるとすれば……しかしまだ時間がある。僕らは例によつて一応昨夜の事件を考えて見ようよ」
彼はシガーの煙をますます濃くはき出した。
「例の草笛氏のサインで顔色をかえた。この前後のことでだろう。犯人がやす子の様子に自信がおけなくなつたのは」
「だつてあの時は君と僕と林田の三人しかいなかつたぜ」
「何も顔色をかえた刹那をいうのじやない。それから部屋を出て後のようすがどんなものだつたかな」
「それは僕らに判らんね」
8
「恐らくその時分わが天才犯罪人は、これはどうしても一刻も早くやす子を殺さなければならないと決心したのだ」
「じや一体犯人はその時うちの中にいたのかね」
「さあ、彼女の態度なり様子を知つていた以上、少くも秋川家の門の中にいたと思わなけりやならぬ[#「少くも秋川家の門の中にいたと思わなけりやならぬ」に傍点]。問題は、顔色をかえてピヤノの部屋を出たやす子があれから誰に出会《でくわ》したかということだ。犯人はおそらくやす子と共に庭に出たか、やす子のあとをつけたと見なければならない。それはいずれにせよ、昨夜あの騒ぎ
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