うのだ。一旦部屋にはいつた林田は、何とか用事にかこつけて、さだ子にはそこにいるように命じて素早く誰にも見られずに下りて来た。さだ子には多分伊達に用があるように云つたと思う。それから例のガラス戸の入口から庭にスリッパのまま[#「スリッパのまま」に傍点]外に出た。途端に、駿太郎に見付かつたんだ、無論林田を見て駿太郎が驚く筈はない。しかしこのままほつておけば林田は万事きゆうすだ。そこで窓の下から声をかけて面白いことがあるからいらつしやい位の事でさそい出したんだよ。その時レコードをそのままにしておくこと、ドアをちやんとしめて来ることを注意した。駿太郎はこの注意を忠実に守つたわけなのだ。駿太郎が出て来ると彼は東側にやすがいることを知つているので駿太郎をつれて西の側に行つた。森の中にはいるや否やいきなり石をとつて不意打を食わしたんだよ。駿太郎はウンともスンとも云わず昏倒する。これを見て彼はいなづまのようにやす[#「やす」に傍点]の所にかけつけた。この時やす[#「やす」に傍点]は早川辰吉に別れたばかりで多分林田が駿太郎をつれてこつちに来るのを見ていたかも知れない。しかし無論自分の危険に気がつかなかつた。駿太郎の殺されたのだつて暗い森の中だから気がつかない。林田が来たのでむしろ安心してヌッと顔を出した所を、いきなり首をしめたのだ。やす[#「やす」に傍点]はもがきながら死んだわけだ。彼がレコードをかけつぱなしにし、ドアをしめさせておいたのはできるだけ長く駿太郎が部屋の中にいると思わせ、従つて犯罪の発覚をおくらせるつもりだつたのだろうと思う。ところが意外に駿太郎消失の発覚が早かつた。やす[#「やす」に傍点]を殺した後で、彼は森の中ですぐ駿太郎の所にもどり死体に細工をしている間に、家の中でわれわれがさわぎ出したのさ。彼は非常な危険に身を曝露したわけだ。われわれが一体どつちに行くか見ていて、一同が玄関にまわつたと見るや否や彼は全速力で反対の側すなわち台所の方にまわりあそこから上つた。その時、土のついたスリッパを脱いで別なのにはきかえ、いそいで二階のさだ子の部屋に戻つた。でここで彼は重大なせりふを云つた。これはさつきさだ子にもきいてたしかめたのだが。僕の察した通りだ。『さつき伊達に思い出した用があつてあとから下に下りたが見付からない。それで戻ろうとして家の中から庭を見ると、伊達らしい怪しい男が庭の方に歩いて行く。あとをつけようとしたが暗くてわからぬので断念したが、どうも伊達のようすがおかしい。しかし、私はあなた方に好意をもつているのだからこれは秘密にしておいてあげる。またあなたも知らぬ振りをしていらつしやい』こういうことを云つたんだ。その途端、僕が庭から声をかけたので、彼は何くわぬ顔をして二階から顔を出したのさ。そうして今度はまつすぐに下りてまたスリッパ[#「スリッパ」に傍点]のまま庭に出て来た。この騒ぎをきいて、さだ子はぎよつとする。もしや……伊達が……と疑う。この疑いはすでに第一回の事件の時に、さだ子の心には多少あつた。彼女が、十七日の夜、自分の書斎に伊達が一人でいたことをかくしていたのは無論、多少ともこの疑惑があつたからさ。今度の第二回目の事件でいよいよさだ子は伊達を疑い出した。ここで、順序がちよつととぶが、林田のアリバイをもうすこし説明しておく。
9
「彼は、僕が死体を発見して庭からどなつた途端、二階のさだ子の部屋の窓から首を出している。これで外見では立派にアリバイが立つたわけだ。実は彼は一度危機に迫つている。それは小川君とひろ子が駿太郎の行方を探して、階段の中途まで上つて駿太郎の名を呼んだ時だ、(第二の惨劇第七回参照)もしあの時二人がほんとに二階に上つてさだ子の部屋まで行つたらそこに林田のいないことが判つたはずだからな。が、あの際二人が二階まで上らなかつたことは極く自然なことで手おちとは云えまい。さて林田は、惨劇がおこつた後、如何にしてさだ子に沈黙を守らせるべきか、ということを考えた。しかして彼は実にこれを巧みに遂行してしまつたんだ。君はおぼえているだろう。第二の惨劇の直後われわれは日本座敷に集つている秋川家の家族に会つた。
「その時僕はあの当時の家族の行動をきいた。『さだ子さんは、この騒ぎの時上の部屋にたしかにずつといたんだね』と僕がかなり無遠慮に質問をした。すると、その刹那さだ子が赤くなつて下を向いたことを君はおぼえているかい。しかしてその時、林田が『ああ、さだ子さんは、僕と話をしていた。さだ子さんの部屋でいろいろ質問をしていたんだよ[#「いろいろ質問をしていたんだよ」に傍点]』とあつさり答えたものだ。(惨死体第五回参照)ねえ、この一ことは非常に重大な役割を演じたのだぜ。林田はこの一言でさだ子のアリバイを証明してやつたと同
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