時に実は自分のアリバイを証明し証人としてさだ子を暗にあげているわけなのだ[#「林田はこの一言でさだ子のアリバイを証明してやつたと同時に実は自分のアリバイを証明し証人としてさだ子を暗にあげているわけなのだ」に傍点]。これに対してさだ子が『いいえ』というようなことは絶対にあり得ない。敏感な彼女は、この一ことで早くも、ははあ、ほんとに林田は自分達を庇つていてくれる。伊達のことを云い出して伊達が疑われれば無論自分も疑われるに違いない。それで林田は自分のアリバイを証明してくれているんだ。とこう考え、全く林田の術中に陷つてしまつたのだ。その効力は早速、すぐあらわれて、彼女は全然沈黙を守り、林田を疑うどころか全く信頼し、心ひそかに伊達を疑い出したのだ。そうして皆のようすが伊達を疑い出したらしいので、堪りかねて『皆さんは伊達さんを疑つていらつしやるのでしようか』ときいた。しかもこの質問は、彼女のすぐそばにいた僕に対して発せられず、一番はなれていた林田に向つてなされた。(藤枝の観察第二回参照)あの信頼や恐るべしだね。ちよつと嫉きたくなる位だつたよ」
藤枝はちよつと冗談を云つて笑つた。
「ふん、君の説明で大体よく判つた。しかし林田ともあろう者がしたことにしては大分手ぬかりがあるね。君はさつき、レコードをかけつぱなしにさせたのは駿太郎の消失の発見を少しでも長びかせるつもりだつたと云つたのに、事実は予期に反して、逆な結果を生んだが、あんなのは林田にも似合わぬ手おちじやないか」
高橋警部がきき出した。
「うん、それについてはかつて大凡の意味を小川君には云つてある。林田は第一の犯罪を完全に行つた。しかし第二の犯罪は派手にはやつたが、大分不完全に行つている。いや手ぬかりだらけだ。これは林田の心理上の問題だよ。(殺人交響楽の項参照)彼はやす[#「やす」に傍点]の心理状態を誤解した。その結果、急に第二の殺人を行うことになつた。その必然の結果として第二の殺人は不用意だつたのだよ。君に云われるまでもなく、林田はもつと、とんでもない危機にぶつかつている。全く偶然に逃れたのだが彼は早川辰吉が庭の中にはいりこんで来るとは想像しなかつたのだ。僕の考えに従えば、彼は辰吉がやす[#「やす」に傍点]の紙ツブテに従つてポストのかげにかくれていることを予期していたのだよ。
10[#「10」は縦中横]
「林田のプランはこうだつた筈だ。まず草笛のサインでやすが庭の暗い所に行く。それをあとから行つて、ただちに扼殺する。この間早川辰吉は馬鹿な顔をしてポストのかげにかくれて待つている。そのうち、家の中で事件が発覚すれば、ただちに周囲が警戒され、従つてこの際、辰吉が怪まれて捕まる。いや辰吉が捕まらないでもともかく、自分には危険が来ない。とこういうのが彼の計算だつたのだ。ところがこの計算が外れて辰吉が邸内に侵入した。それが為林田は、早川辰吉に、自分が庭に出る所を見られている。ただ辰吉が狼狽していたために彼をはつきり認めなかつただけで、実は林田に取つては、興廃この一挙にありという所だつたんだ。しかるに全く偶然にも彼はこの危険を脱出した。と同時に、危険が一変して安全となつちまつたんだ。見給え、高橋警部は、侵入した早川辰吉を今まで怪しんでいるじやないか。実際あのきわどい所をうまく逃れたのは全く林田の悪運の強い所だつたんだ。さてそこで、元に返つて林田の行動を話そう。彼はさだ子の部屋で、僕の呼ぶ声を聞くとあわてて飛び出して来て、二つの死体を調べはじめた。それから警部刑事が来てからずつとガラス戸の入口からはいつて行つた。この時、警察の人々は庭、僕と小川君は裏門の方を廻つていた。林田は誰にも見られぬようにピヤノの部屋にはいる。はいつて見ると幸にも庭に面した窓のブラインドがかかつていて外から中が見られぬようになつている。これは、ひろ子が何の意味もなくやつたことだつたが(藤枝の観察第三回参照)彼にとつては中々有意義だつた。彼はそこでパデレヴスキーのレコードを取つてハンカチか何かで、はじめの方を極く僅かきれいに拭い、そこまでしか針が進んでいなかつたように見せた。だからあとになつてからあのレコードから僕と林田の指紋が出て来たはずなんだよ。(殺人交響楽の項参照)そうしておいて、日本座敷に来り、今云つたさだ子のためにアリバイを立証して、自身を守つた後、ひろ子に土のついたスリッパの話をして(藤枝の観察第四回参照)さつさと秋川邸を出て行つたのだ。どうだい。これで、第二の惨劇の説明ができたつもりなんだが」
プカリと煙を吹いて藤枝は一座を見廻した。
「うん、よく判つた。それにしても腑におちない所が三つある。第一に何故林田は駿太郎の死体にあんな細工を加えたか。第二、レコードのトリックは何を意味するのか。第三、
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