うのがすなわち林田名探偵だつたのだ。僕の想像によれば、脅迫状は全部林田の手に渡つている。従つて駿三の身辺からは決して発見されないわけなのだ。(ひろ子の話第二回参照)
「しかして、駿三には里村千代という存在は必ずしもはつきりしてはいなかつたろうと思う。ともかくも、伊達捷平夫婦に関係のある者にちがいないと信じ、ほんとうに恐怖していたに相違ない。ところで、彼が万事を打ちあけてたのんだ探偵林田英三という男が、また運悪くも、秋川一家に深い恨みをもつている人間なのだ。この恨みについてはあとで述べる。
「林田は、自分以外に秋川一家を呪つている者があるということを知つてチャンス至れりと感じたのだろう。彼はまずその人間を、巧みにあやつるべく考え、ただちにこれが誰人なりやを捜査した。彼の腕をもつてすれば里村千代をつきとめることは何でもなかつた筈だ。おまけに、材料は駿三の自白によつて、全部手にあつたわけだから。
「彼は少くも昨年の十月には里村千代に電話の通信をしている。用心深い彼のことだ。決して会つたり、手紙を出したりはしなかつたろう。千代の自白の如く、何人とも知れぬ男が、ああしろこうしろと命令したにちがいない。無論『僕も秋川一家を恨んでいる人だ』位のことは云つている。こうやつて、あのヒステリーの女をけしかけたのだ」
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「ちよつと待つて。成程、そうすると秋川駿三は世界中で一番危険な人物を、よりによつて頼りにしたわけになるのだね。それにしても、昨年の十月に林田が里村千代に通信した、ということがどうして君に判るのだい」
今までだまつて聞いていた検事が突然口を出した。
「それは例の、さだ子宛の脅迫状さ(ひろ子の話第三回参照)長女ひろ子に来ずに、次女のさだ子――このさだ子は後にもいうがおそらく駿三がよその女との間に作つたというちよつといわれのあるさだ子に、十月に脅迫状が来ている。これは決して偶然ではない。またもし里村千代ならこんなまねはしない。あの女の自発的な考えなら、三人の娘に一度によこす筈だ。何故里村千代が特に腹のちがう次女に脅迫状を送つたろう。云うまでもなくこれは林田の智慧なのだ。つまり林田が里村千代に特に次女にあててのみ脅迫状を送れ、と命じたのさ。ここに林田の殺人シンフォニーのまず第一絃が弾ぜられている。特に次女に来た[#「特に次女に来た」に傍点]ということで、僕らは、すでに妙な疑いをもち、危く迷路にみちびかれるところだつたじやないか。用意周到な林田はわれわれのすべてが経験した如く、あの一家族のすべての者に嫌疑を向けさせている。これは無論、秋川家の状態がノルマルでないということによるけれど、あの男のすばらしい頭脳によるに非ずんばああはいかなかつたろうよ」
「では一体第一の殺人事件を彼はどう行つたろう」
私は早く藤枝の説がききたくて堪らず思わずこう云つてしまつた。
「じやまず四月十七日の事件から話そう。この日の林田の活動振りはこうだ。あの日、秋川徳子は頭痛が烈しくて休んでいた。ひろ子は僕宛の手紙を書いてそれから、午後いつか小川君に話したような自動車のえらび方をやつて僕のオフィスに来た。(藤枝の観察第四回参照)ちようどあの午後秋川駿三が林田を訪問している。これはいつか小川君に云つた通りだ。駿三はそこで一体何を物語つたか、二人共今は死んでいるのでまるで判らないけれど、恐らく家庭の話をしたに相違ない。この時、徳子が頭痛で苦しんでいると駿三が告げたことだけは確かだ。
「そこで林田はチャンス来れりと思つたのだ。徳子の薬を西郷薬局に必ず注文する。それにチャンスがあつたら、手早く劇薬とすりかえようという魂胆さ」
「しかしあの時、駿三は、徳子の薬を、さだ子がすすめた事を知つていたかね。彼は全く知らなかつた、と供述したようだが」
検事が云つた。
「うん、そうかも知れない。ただ林田が、ことによるとそういうことになる、西郷に薬をとりに行くことになりやしないか、と感じたんだ。無論さだ子がすすめたことは知らなかつたろうね。云うまでもないことだが、彼は何もあの日殺人を行う必要はなかつたんだ。ただチャンスさえあればいつでもやろうと考えていたのさ。駿三の物語がことによるといいチャンスが来るぞ[#「ことによるといいチャンスが来るぞ」に傍点]と思わしたにちがいない」
「それで駿三が帰るとすぐ出かけたわけかね」
警部が口を入れた。
「いや、出かける前に面白いことをやつている。すなわちひろ子をおどかしたのだ。ひろ子は一体どこへ行つたか、これが知りたかつたのさ」
私はこの時、あの日ひろ子の所へ来た脅迫状とあの電話を思い出した。
「では彼は如何にしてひろ子が僕のオフィスに来たということをつきとめたか」
藤枝はおもむろに云つて、煙草の灰を落した。
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