「これには二つの解決がある。一つは、ひろ子が朝僕にあてて手紙を書いていた所へ、さだ子が来た。さだ子に見られてはいかんというのでひろ子は不注意にもその封筒の上に吸取紙をかぶせたと云うことだ。ねえ小川君、そうだつたろう」(第一の悲劇第四回参照)
「うん、うん」
「これは全く犯罪学者ひろ子にも似合わぬうかつ[#「うかつ」に傍点]千万な話だつた。吸取紙位、たしかに宛名を他人に暴露するものはないからな。そこでさだ子とひろ子が仲が悪くて、さだ子も姉の秘密を知りたがつていたとすれば、さだ子があとで姉の室に入り吸取紙を見て、父にそれを告げ、駿三が今度林田にそれを語つたとする。午後ひろ子が出かけたと云つたのでそこは林田のことだ。僕の名を知つているのだからひろ子が何か頼みに行つたと見たのだ。
「そこで、泉タクシーに電話をかけて念をおした。同時に彼はかねて探り出していた里村千代に電話で通信して、敷島ガレーヂにさぐりを入れさせ、たしかに僕のオフィスのそばに来た事をたしかめると、ひろ子の来ている頃に千代にあの妙な電話を僕の所にかけさせたのさ。里村千代は僕が何者だか判らないから、すぐ出た小川君を僕とまちがえてからかつたわけだよ。これが一つの考え方。もう一つの考え方は、さだ子は全然関係がなかつたという見方で、ひろ子が出かけたと知るやいきなり、彼が泉タクシーへ電話をかけ、次いで敷島ガレーヂへあたりをつけてきかせ、僕のオフィスの近所で車がとまつたときくとすぐに僕のことを思い出して、ハハァ、とひろ子の行先をたしかめたというのだ。ともかく妹が姉の部屋にはいつてそつと吸取紙を見るということはかなりはしたない[#「はしたない」に傍点]ことだから、さつきさだ子に詰問することは出来なかつたが、以上いずれにせよ、林田は間に里村千代を使つて、ひろ子の行先をたしかめたのさ。そこでいよいよお出かけという段取りなのだが、その前にもう一つあくどいまねをしている。カカルトコロニイルベカラズ云々というあの拙い文章の脅迫状ね。あれを御自身でタイプライターで打つて往来から僕のオフィスに使をよこしたんだよ。彼がことさら下手な文章を書いたのは里村千代らしく見せたのさ」
「ではあの脅迫状は千代が書いたのではなかつたのか」と私が思わず云つた。
「無論だよ。あればかりじやない。僕らが現認した脅迫状は全部林田がよこしたものだよ。千代が娘に打たしたのは十七日以前までのもので、これは皆駿三から林田の手に渡つている。
「で、いよいよ劇薬すりかえの一幕だ。林田はみずから昇汞を包み入れて出かけた。この薬は無論自分でもつていたものだろう。ちようど僕がうちに毒薬劇薬をもつているように、こういう職業の者には決して不思議でない所有品だ。林田はそれをもつてブラリと出かけた。何処へ出かけたか。云うまでもなく西郷薬局の附近だよ。彼はもしチャンスがあつたら何とかしようと思つていたのだ。これは度々くどく云うけれど大切な所だよ。彼の犯罪は何もあの日に限つたことじやないのだ。ここに彼の強味がある。彼はそうしておそらく秋川邸か薬局の附近に目立たぬように見張りをしていたのだ。
「するとここに彼の予算に入れてないことがおこつた。それは女中が薬局に入ると、彼は自分以外に妙な男がやはり女中を尾行しているということに気がついたのだね。云うまでもなくこれは早川辰吉という青年さ。辰吉と女中すなわち佐田やすは二人で公園のような所へ行つてひそひそと語り合つていたがまもなく去つた。彼はここでチャンスが来た、と感じた。林田はそこですぐ佐田やすを捕えたのだよ。

      4

「さて、この二人が今死んでしまつているから正確なことは判らないけれども、後に起つたことから大体こういう会見だつたと推理するのが正しいと思う。林田はいきなり佐田やすをおどかしたに違いない。今の男は一体何者か、とやつたんだね。ところでやす[#「やす」に傍点]はこれに対して何と答えたろう。……ねえ、やすは一体辰吉をすいていたのかね、嫌つていたのかね」
「無論、嫌つていたさ。判り切つてるじやないか」と高橋警部が云う。
「いや、僕は必ずしもそうは思わない。むしろあの男に惚れてたんじやないか、と思うよ」
 と私が云つた。
「そこだて、この点が面白いのさ。御両所の説は共に正しく同時に正しくないのだ。かつて小川君にこの所が面白いのだと云つたことがある。やすは辰吉を嫌いながら好いていた[#「嫌いながら好いていた」に傍点]んだよ」
「そんな事があるかしら」
 警部と私は異口同音に云つた。
「そうとも。世界中に夫婦は何組あるかしらぬが世界中の妻にきいて見給え、三分の一は夫を全く好いているし三分の一は全く嫌つている。残りの三分の一は好いて同時に嫌つているよ。いや、このパーセンテージはもつと多いかも知れない
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