はじまつているような音がきこえる。
藤枝の顔はもう全く死人の色だつた。
「小川、小川、たたつこわすんだ、この戸を! この戸を」
こういいながら彼は満身の力をあつめて戸に身をぶつけている。
腕力にかけては憚りながら自信のある私だ。柔道剣道できたえた身体の、骨もくだけよ、とばかり体は戸にぶつかつた。
物音をきいてひろ子が向うの部屋からとび出して来る。笹田執事もつづいて下から上つて来た。
必死の奮闘で、戸はめりめりとこわれはじめた。そのすきまから藤枝はちよつと中をのぞいたが、いきなりそこから手をつつこんでドアの鍵をはずすと戸はサット開かれて、われわれはころがるように中にとびこんだ。
その刹那、向うの窓ぎわに立つていた林田の身体がふらふらとしたと見るまにくずれるように床の上に仆れてしまつた。
テーブルのそばの椅子から半分おちかかつてさだ子が死んでいる。
7
藤枝はいきなりさだ子のそばにかけよつたが大きな声で叫んだ。
「間にあつた。大丈夫だ。ショックだよ。ショックだ。大丈夫回復する。早く医者を、医者を! それから警察へすぐ電話をかけるんだ」
なるほど、ここの家で人が仆れていれば、大抵皆死体だつたので私はさだ子も死んだのかと早合点したが、彼女はただ気を失つているだけのようである。
「ここをしめられたんだが、大丈夫助かるよ」
藤枝はさだ子を抱きながら彼女の咽喉部を指した。
「君、林田はどうしたんだ」
「うん、毒をのんだらしいがもう駄目だろう。手をつけないでほつておき給え」
藤枝が、冷淡にそういいながらさだ子をしきりと介抱している。
急をきいてかけつけた木沢医師はただちにさだ子をその寝室のベッドにうつして応急の手当を施したが、藤枝の予言通り、まもなく意識を回復したらしい。ここへかけつけたのが高橋警部の一行である。警部は引きつづく事件に、八ツ当りのきみで、さだ子の書斎にはいりながら、
「藤枝さん、どうしたのです。今度はさだ子と林田君がやられたんですか」
「高橋さん」
藤枝がにやにやとしながら云い出した。
「しかし御安心なさい。これが秋川家に於ける最終の悲劇ですから」
「最終?」
「そうです。以後こんな事件は断じておこりません。何故ならば犯人が死んだからです。高橋さん、私は秋川一家を呪う殺人鬼[#「秋川一家を呪う殺人鬼」に傍点]、稀世の天才犯人林田英三の死顔を改めてあなたに御紹介するの光栄を有することを喜びます[#「稀世の天才犯人林田英三の死顔を改めてあなたに御紹介するの光栄を有することを喜びます」に傍点]」
藤枝の声は魔法のようにひびき渡つた。
いあわす人々、高橋警部をはじめ、ひろ子も笹田執事も刑事たちもしばらくポカンとして一言も発し得ない。
「私には何のことかさつぱり判らん」
やつと警部が一言云つた。
「今すぐ判るようになりますよ。ああ、さだ子さんはもう回復したでしよう。木沢さんがついておられる筈ですから一緒に行つて見ましよう。さだ子さんにきけばさし当り、今日の始末は判ります」
云わるるままに、一同はさだ子の寝室へとはいつた。
木沢氏の説でも、もうさだ子は全く回復して、訊問に堪えるということだつたのでわれわれはすぐに彼女の枕辺にあつまつた。
「あぶない所でした。しかしちようど間にあつて幸でした。御気分は」
「はあ、もう大抵」
「驚きはお察しします。何しろ林田が、いきなりとびかかるとはお思いにならなかつたでしようからね」
「はい、ほんとうにもうびつくり致しましたわ。ではあの方が……」
「そうです。お母さんをはじめ弟さん、妹さんを殺したのは皆あの男です。ただお父さんの死は全く別ですが」
さだ子は、今更おそろしさに身をふるわせたのであつた。
「ともかく、今日の始末をきかせていただきましようか」
はじめて、警部が口を出した。
「はい、今しがたでございます、林田さんが見えまして、警察のことで話があるとおつしやいますのです。私も伊達さんのことが気になりますし、林田先生(といいかけて)あの人を全く信じておりましたものですから自分の部屋にお通し申しました」
8
「今から考えますと、林田さん(彼女はもはや先生とは云わない)の顔色がいつもとは大変違つていたように思われます。テーブルを隔てて腰かけ、女中がお紅茶を二つもつて来て、ドアから出て行つてしまいますと、林田さんは、形を改めて、今日は大変秘密なことを話したいと云い出しました。そうして、ふと、ドアの外のようすをうかがつていられるようでしたが、私に『誰か外にいるのじやないかしら。もしや姉さんが立ち聞きしてはいないかしら』と心配そうにいわれました」
「彼は腰かけたままでしたか」と藤枝がきく。
「はあ、それで私が念の為に、立つてドアをあけましたが
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