」
伊達正男は、ほんとうに困つたという顔をしながら語りはじめた。
「ゆうべ警部さんに申し上げたことは大抵まちがいはないのです。ただ今おつしやつた母の遺書についての点だけを申し上げなかつたのですが、こうなればもうすべてをかくさず申し上げてしまうつもりです。昨日、僕が秋川家に参つた理由は全くゆうべ申し上げた通り、さだ子さんに会いに行つたのです。いつものように裏の階段を通つて二階に上ればこんな間違いはなかつたのですが、ゆうべも申し上げた通りもしひろ子さんに会つたりしてはいやだと思つたのでわざと庭からまわつたのです。庭の花壇のところからさだ子さんの窓が見えるのでそこから声をかけてさだ子を呼ぶことにきめたのであります。
「それで花壇の所に行つて家の方を見ますと、窓にさだ子さんの姿は見えません。ふと下のピヤノの部屋を見ますと誰か人かげがします。ことによるとさだ子さんではないか、と思つて私はそつと窓の方に歩いてまいりました。まえにも一度さだ子さんがピヤノの部屋にいるのに出会つたこともあるのです。窓の外までまいりましたが中がよく見えませぬ。おぼえていらつしやるでしようが、昨日僕があの家に行つた頃はもうかなり暗くて、庭ですら少々くらい位でした。ですから外から部屋の中を見るということはかなり困難だつたのです。そこで僕はえんりよなく窓の所にまいり、両手を窓のふちにかけてのび上りました。つまり、自分の顔だけ、窓から上に出して中を覗いてたわけなのです。すると、どうでしよう。その刹那、今まで中に立つていた人が、アツと叫んだかと思うと、ドタリと仰向けに仆れてしまつたのです。僕ははじめてその瞬間にそれが秋川のおじさんである、と知つたのでした。無論、このまま逃げ出すべきところではありません。僕はおじさんが急病にでもかかつたのだと思つて、すばやく窓から中にとび込みました。靴は短靴でしたのですぐぬぐことが出来たのです。仰向けに仆れているおじさんのかたわらにかけよつて介抱しようとしてその顔をのぞきこんだ時、僕は再び驚きました。僕は生れて今まであんな物凄いおそろしい顔を見たことがありません。介抱しようと思つてかけよつた僕は余りの恐ろしさに思わずそこに立ちすくんでしまつたのです。ところが、この時、僕は妙なことに気がつきました。それは、僕が立ちすくんだちようど目の前にあるはめこみになつている鏡が一、二寸前につき出して、戸びらのように開きかかつているという事実です。僕は、人をよぶことなどは全く忘れて、思わずそこにかけより、鏡に手をかけてぐつとあけると、中に、手紙のようなものがあるのです。妙だな、と思つて見ると、封筒の表には、秋川駿三殿とあり、裏には、伊達かよ子という名が記してあります。この名を見て僕はハツと思いました。これこそかねておじさんからきかされていた僕のなつかしい母の名ではありませんか。僕は夢中でその手紙をとり出しました。と同時に自分の立場の危険さにも気がついたのです。度々おこなわれている当家の怪事件、しかも自分はその嫌疑者の一人である、その自分が今おじさんの死体(?)の側にいるということはどう考えたつていいことじやありません。僕は、こう考えつくと、一刻も早くここにいてはいかん、と思い、その手紙を懐中に入れたまま一散に逃げ帰つたのでした。そして雇人にもだまつてろと口どめしました。逃げ帰つてからはじめて母の遺書というのに目を通したのです。可哀そうな母は、今死ぬという間ぎわに、私のことを、秋川のおじさんに頼んでいます。気の毒な母です。どんな罪を作つた母でも、実に――実に、気の毒です」
伊達は、語り終つて、目を伏せた。
2
「君は手紙を取り出すとすぐまた鏡をもとのようにして戻つたのだね」
藤枝がきく。
「そうです。そうしておかなければ僕がはいつたことがすぐ知れると思つたのです」
「秋川駿三がそういう過去をもつた人間である、ということを、お前はほんとに昨日になつてはじめて知つたのかね」と警部。
「無論です。それまではほんとに何も知らなかつたんです」
「そうかね。たしかに」
警部はやや疑わしそうな顔をしながら藤枝の方を見た。
「お前は気がついているかどうか知らぬが、駿三がお前の父の仇だということが判つたと云うことは、お前の為には決して利益にはならんのだぜ」
「どうしてですか」
伊達はほんとうに気がつかぬというようすでせき込んでたずねた。
「判り切つているじやないか。秋川一家はお前の仇だ。この仇の家の者がだんだんと殺されて行くとすれば、一体誰がまず第一に疑われるのだ。ねえ。もう一つ、この事件はお前が警察に捕まつている間は決して起つていないのだ」
最後の警部のひとことで、私はかつて藤枝が私に「伊達が警察にいる限り、事件はおこらない」と云つたことを思い出
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