てよろこんだ、しかし脅迫状はそれから送られなくなつた、この点から僕は君が娘に打たせていたものだと考える。君の娘は、母の命令で打つたタイプライターが意外にも現実となつたので、極度におそれて何と云つても打つことを肯んじなくなつたのだ。第一の事件以後、秋川家に脅迫状が送られているが[#「第一の事件以後、秋川家に脅迫状が送られているが」に傍点]」、無論あれは[#「無論あれは」に傍点]、君の手から送られたものではない[#「君の手から送られたものではない」に傍点]」
この言葉は、ふしぎそうな顔をしている私に対する説明のようにきかれた。
「ところが、昨日の事件がおこると同時に、伊達正男が捕えられておまけに自白したということになつた。伊達正男は君にとつて可愛い甥だ。これを殺しては大変だ。秋川家に不幸が来るのはさいわいだろうけれど、伊達が疑われようとは君は思わなかつたのだ。それで思いあまつて君は警察にとび込み、伊達の無罪を主張する。一方、自分ののろいの目的はもう達したし、今からかえりみれば今までの罪が余りにおそろしいので、死ぬ気になつたのだ。どうだ君、僕の云つたことは大体に於いてまちがいはないつもりだが」
10[#「10」は縦中横]
里村千代子は、藤枝がしやべつている間、身体をもがいて苦しがつていたが、さつき、秋川駿三を悪魔! とののしつたきり一語も発し得ず、だんだんようすが悪くなつて行つた。
蘆田博士は、眉をよせながら見ていたが小声で、
「どうも思わしくない。いけないかも知れん」
と警部にささやいていたが、はたしてその夕方息を引取つてしまつた。彼女の帯の間に遺書らしいものがあつたが、それには藤枝が述べたと全く同じ事情が書いてあつた。
ただこれによつて新しく判つたのは彼女が最近、赤坂の今井病院という婦人科の看護婦としてつとめていたこと、さと子という十七才になる娘が丸ビルのオフィスにタイピストとしてつとめているが、その娘は何も知らずに母の命令で脅迫状をしたためたこと、決して彼女には罪のないこと、それから伊達正男には一回もあつたこともなく、手紙を出したこともないということを記されてあつた。
「なるほど、看護婦をしているのか。それで判つた。犯人が千代子とどこで電話で連絡していたのかということが今までよく判らなかつたのだよ。貧乏人が電話をもつているわけがないからな」
なお、秋川家の殺人事件に関しては、さすがにはつきりしたことは記していない。自分が犯人だ、と口では云つたものの、全然でたらめを書くことは出来なかつたと見え、遺書には自分が犯人だとは書いてなかつた。ただ何者とも知れぬ男から時々電話がかかり、その男も秋川家を呪つているときいて一緒にやる気だつた、しかしその男に一目も会つたことはないと記してあつた。
これは、彼女が死んでから、すなわち五月二日の夕方に判つたことであるが、警部はそれまでずつと病院にいたわけではないのだ。
警部は藤枝が千代子に自分の確信を述べて彼女が一応それを肯定すると、ただちに警察に引かえして、伊達正男を取り調べた。
警部は、伊達正男に改めて、里村千代子の出現を語り、合わせて藤枝の調査して来た事実を物語つたのである。
「僕も昨日それをはじめて知つたのです。恐ろしい過去です。僕の過去にそんな恐ろしい事実があろうとは全く思いがけませんでした。あの親切なおじ[#「おじ」に傍点]さんがそういうお方とは……もう叔母さんて方は駄目なのですか。一目会いたいような気がします……」
伊達の顔はいいようのない複雑な表情でいろどられていた。
「僕には大体のことがもうはつきりして来たような気がするんだ。ねえ伊達君、手数をかけないで男らしく事実を云つてくれないか」
藤枝がきびきびした調子で云つた。
「勿論こうなれば云つてしまいます」
「君のお母さんの遺書という奴ね。一体君はどこにかくしたんだい。家宅捜索で判らなかつたそうじやないか」
「あれですか。ありや僕わざと読みさしの雑誌の間にはさんであつた本屋の広告の間に入れておいたんですよ」
「あはははは。エドガー・ポーの知慧だな。パーロインドレターか。うまいかくし場所だ。ところでそれにはどういうことが書いてあつたかね」
「余程古いもので字もはつきりしていませんが、母の名が記してあつて相手は秋川のおじ[#「おじ」に傍点]さんです。自殺する前に一生の願いとして自分の子をあなたに托す。あなたもすべての罪のつぐないとして立派な男に育ててくれというのです」
さすがに伊達の声音には沈痛な調子があつた。
「ところで昨日君があのピヤノの部屋に入つた時、秋川駿三はもう死んでいたのかね。それともまだ生きていたかね」
最終の悲劇
1
「それが僕にはどうもはつきり判らないのです
前へ
次へ
全142ページ中112ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング