んだがね。君はどう思う?」
そういわれれば藤枝のいう所も無理ではない。
「くり返していうが、木沢氏が五時半頃に薬を呑めと云つたことと、丁度五時半頃に初江が風呂に行つたということは注意に値するね」
彼はここまで語つて来て、口をつぐんでしまつた。
もうかなりおそいし、病後の彼は平生よりも一層疲れているらしいので、私はこれ以上彼を追及せず、この夜はこのまま家に帰つた。
これが四月二十五日の出来事である。
四月二十六日の午前、私は藤枝からの電話を受け取つた。
「どうだい身体は。昨日は大分無理をしていたようだが」
「うん、ありがとう。もう大分いいよ。時にね、今ひろ子から電話がかかつて急に僕に話したいことがあるというんだ。それでともかくオフィスの方に来てもらうように云つたのだが、君もすぐに事務所の方に行つてくれないか」
無論私は喜んで出かけることにした。
新聞を見ると、いよいよ秋川邸の惨劇は社会欄の大呼物となつている。警視庁はじめ、当局に対する一般の非難は中々峻烈を極めている。ある人達からは、誰でもいいから少しでも怪しい者は片ッ端から引つくくつてしまえ、その方が今後の惨劇を惹起《じやつき》するよりはまだましではないか、というようなもつとものような又そうでもないような提言が盛んに出ている。しかし一番非難の的となつたのは藤枝と林田で、彼らの過去の行跡が偉大なれば偉大である程、今回の失敗は目立つわけなのだ。
オフィスにつくと藤枝はもうやつて来ている。
昨日よりは大分元気だが、いつもの元気さはまだない。
いろいろな話をしている所へ、ひろ子が現れた。一通りの挨拶がすむと彼女はただちに用件を語りはじめた。
「先生、こんにち私は法律のことを少しうけたまわりにまいりましたのですが……」
「はあ、どうか、僕で判ることでしたら」
「はじめにうけたまわりたいのは、一体法律というものは、犯人が重大な犯罪を行い、しかも更に将来にも充分大犯罪を行うに違いない場合でも、直接の確たる証拠がなければ、どうすることも出来ないのでございましようか」
ひろ子の言葉には冒し難い詰問の調子がきこえた。
藤枝はさすがにちよつと驚いた表情を示した。
5
藤枝が、ひろ子の気持をちよつとはかりかねてか、何も答えずにいると、ひろ子は更にたたみかけるように質問を発した。
「あの、誣告罪《ぶこくざい》ということについてうけたまわりたいのでございますが……ここに私がたしかに殺人犯人と信ずる人がいると致します。それで私がその人を訴えた結果、万一後にその人が人殺しでないと明らかになつた場合、私は誣告の責任を負わなければならないでございましようか」
「そうは云えませんな。あなたが故意にその人を陷れたのでなければ。そしてあなたが、どうしてもその人が犯人であると考えるべき理由を十分もつていらつしやればそれは誣告とは云えないでしよう。たとえその人が後に無罪と判つても」
ひろ子は暫く黙つた。彼女はこの沈黙の間に何か余程の決心をしたらしい。
「先生、では私は、私の家におこつた数々の殺人事件の犯人として、妹秋川さだ子と、その婚約者伊達正男を訴えたいと存じます」
「さだ子さんと伊達?」
藤枝が愕然として云つた。
「はい、そうして過去のことばかりでなく、この二人が将来においても殺人事件をおこすことの出来る人だということを断言致します。先生、私の生命も脅かされているのでございます」
今までしつかりしていたひろ子の面上にはこの時、はじめてほんとうに恐怖の色がさつと浮んだ。
「さだ子さんと伊達ですか」
藤枝は非常な緊張した様子でひろ子を見つめた。私は彼が次に何と云うかと思つて息をつめて彼の顔に注意した。
「そうですか。私は必ずしもあなたの訴えをおとどめするつもりはありません。しかし、あなたがそれだけの確信を以て断言なさる以上、二人を殺人犯人と断ずるだけの理由を充分おもちのことと思います。一応それをきかして下さいませんか」
「それはもう充分にもつているつもりでございます。先生、私は、二人が犯人でないという理由をうけたまわりたい位のものでございます」
藤枝はエーアシップを口にくわえると手早くそれに火を点じた。
「十七日の事件が起るまで、父の所に脅迫状がまいりました。そうしてその中一つさだ子の所にも来たと妹は申しております。先生、これは少しおかしくはございません? 十七日の午後、母に薬をすすめたのはたしかにさだ子でした。そしてあの夜、さだ子と伊達さんが母と烈しく争つていたのでございます。その結果、夜中に母が苦しみはじめました。この時、さだ子は着物をきたままでかけつけました。これは私がはつきりとおぼえております。あんなにおそく妹はどうして着物のままでおりましたでしようか。母は死ぬ時
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