きである。木沢氏が帰つた時林田も一緒に出かけた。つまり応接間には君、ひろ子、さだ子、初江が残つたわけだが、伊達が来たというのをきいて、さだ子が去つた。故に残りは君、ひろ子、初江ということになる。これが、午後五時二十分頃の話だ。
3
「つまり君らが応接間にいたあいだ、駿三は二階の寝室、伊達とさだ子は二階のさだ子の部屋にいたというわけだ。そこに林田が又戻つて来ているから四人が応接間にいた。すると、そこへ不思議な電話がかかつた。女の声だつたね。ただその内容は林田以外には遺憾ながら判らない。もつともこれについては林田が今日警部にもう話したかも知れないが、ともかくわれわれには判らん。五時半頃に君ら四人が一室にいる所へ女中が風呂をしらせて来た。ひろ子が初江に風呂にはいれとまず云つたんだね。そこで初江が林田と何か話して部屋から出て行つた。初江はちようどこの時すなわち五時半頃から以後、誰にも生きている所を見られていない。しかして五時半という時間は偶然にも木沢氏が彼女に薬をのめと指定した時間である。君はこれを忘れてはいかんよ。それから君はひろ子、林田と三人で一室にいた。だから初江が去つてすぐ殺されたとすれば、この三人の中には断じて犯人はいないことになる」
「おい君、この三人なんて僕まで嫌疑者の中にはいるのかい」
「そうさ。こんな妙な事件では僕は一おう誰でも疑うよ。疑わなけりやならない。夕《ゆう》六時頃伊達とさだ子がやつて来た。この時初江がいまだ生きていたかどうかそれは判らん。伊達を送つて林田とさだ子が外に出る。まもなく戻つて来たから君ら四人が又応接間にいたわけだ。この時伊達がどう帰つたかは判らない。次に林田とさだ子が二階に上つている。これは君の言によるとむしろひろ子が二人を追いやつたらしい。あとには二人差し向いで君とひろ子が音楽の話をしていた。これが約二十分かかつたというから、君がひろ子嬢と楽しい時間をすごした終りは六時二十分頃ということになる。それから君はひろ子と二人で庭に出ている。妙な話をし出して結局六時四十分まで君ら二人は庭にいた。するといつの間にか、伊達が二階に現れた。ひろ子が君の所を去つて約二、三分して、二階の三人は下りようとした。その途端だつたね、君がひろ子の叫び声をきいたのは」
「うん、その通りだ」
「するとだ、初江は五時半すぎから六時四十分頃の間に、ちようどこの一時間の間に何者かに殺されたことになるね。無論あれは他殺だが。して見ると、家の中で一体誰が彼女を殺すチャンスをもつていただろうな」
「まず第一は君の云つたように主人だね」
「そうだ。第一が主人だ。それから?」
私は暫く考えて見たがどうもはつきり判らない。
「さだ子はどうだい? 小川、君どう思う?」
「うん、さだ子はずつと二階の部屋にいた筈だよ。初めは伊達と二人、あとでは林田と二人でね」
「重大なのはここだよ。彼女が伊達と二人でいた間に初江が殺されたか、彼女が林田と二人でいた間に初江が殺されたか。この一点は実にこの事件の中心なんだぜ。ところで彼女はいずれの場合にもずつと部屋にいたと云つているし、相手の伊達、林田もこれを認めている。ただこの中、伊達の言葉は決してあてにならん。さだ子と一番妥協しやすい立場にいる人間だからな。林田は自分でも、ずつとさだ子に警察の話をきいていたと云つているし、さだ子とは容易に妥協しそうもない男だから信じていいかも知れない」
彼はこう云つたが、この時、急に緊張した顔をした。
「しかし君、さだ子を林田が調べていたということについて何か妙なことを思い出しはしないかね?」
「妙なこと?」
「うん、そうだよ」
4
私には藤枝のいう意味が判らなかつた。彼は私の当惑した顔を暫く黙つて見ていたが、やがて又つづけた。
「君には何も思い当ることがないらしいね。いや、判らなければそれでいいんだよ。そこで、駿三、さだ子、伊達の行動がまあはつきりしなかつたとして、ひろ子はどうかね」
「ひろ子はずつと僕と一緒にいたよ」
「初江が去つてから君とずつと話をしていたようだね。従つて僕は君を疑い得ないと同様に彼女を疑う事が出来ない。ただ最後の一番重要な所を除けばだね」
「というのは?」
「ごはんの支度を見てまいりましよう、と君に彼女が云つて庭から去つて、それから君が彼女の悲鳴をきくまでに、僕のきいた所によれば少くも二、三分のあいだがあつた筈だ。彼女は台所に行つたと云つている。成程これはほんとだろう。それから風呂場に行つている。しかし彼女が何分台所にいたかということは誰にも証明が出来ない。ともかく、彼女が一旦台所に現れ、すぐ風呂場にいき、いい気もちで寝風呂にはいつている妹のそばに何気なく近づき、スミスのような真似をする機会はたしかに恵まれていた筈な
前へ
次へ
全142ページ中87ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング