るわけだが[#「だが」は底本では「だか」]、今人がどつぷり湯につかつている時、その両足を急に引き上げるのである[#「今人がどつぷり湯につかつている時、その両足を急に引き上げるのである」に傍点]。かくすれば忽ちにして意識不明となり忽ちにして死は其人をおそうにちがいない[#「かくすれば忽ちにして意識不明となり忽ちにして死は其人をおそうにちがいない」に傍点]。しかしてマンディー夫人の両脚も表たしかに浴槽の一方に立てかけられていたと発表されたのであつた」(以下略)
そして、秋川初江の両脚も亦たしかに、浴槽の一方に立てかけられて発見されたのである。
第一の発見者ひろ子が、
「風呂場の花嫁」
と叫んで一時気を失つたのも、第二の発見者林田が、
「ジョセフ・スミスだ。風呂場の花嫁!」
と叫んだのも、また藤枝が私の描写をきいて電話で、
「何だ。ジョセフ・スミスじやないか」
と云つたのも初江の形が余りにもよく『風呂場の花嫁事件』に似ており、まるでその事件の引きうつしのように思われたからであろう。
9
木沢氏の登場におくれる事約十分にして高橋警部が刑事及び警察医の野原氏を従えて、緊張しきつた面持で立ち現れた。私の説明をきくと警部はただちに風呂場を実見した。そこは、すでにさつき電話で藤枝に注意されていたので、私自身充分に見ておいたのだが、別に不思議な物も目につかなかつた。
警部は、そこにもう初江の死体がないのでいささか不平の形だつた。
「未だ見込みがあると思つたものですから、私達で風呂場から出したのです。絶望と知れば勿論手をつけずにおくつもりだつたのですが……」
「全くです。小川君のいう通りです。僕も一緒にあちらの部屋に運んで取りあえず僕が人工呼吸を施《ほどこ》したけれど駄目でした」
林田が私達の立場をよく説明してくれたので警部もこれ以上、口に出して不平を云わなかつた。実際あの場合、万一にも初江が助かるかも知れぬ、という気があつたから私は林田らと彼女を風呂場から運び出したのだつたが、あとで考えれば変死体を動かしたので、たしかに捜査官は多少面喰つたらしい。
このとき、ひろ子に助けられながら、驚いて駿三が二階から下りて来た。彼は事件当時、ベッドの中にはいつていたのだろう。さなきだに不幸つづきで弱り切つていた所へ、いままた、この惨劇の報を文字通り寝耳に水とうけたのである。彼はもはや泣声すらもあげ得ない。
駿三、ひろ子、さだ子、伊達らは、皆下の日本座敷に集つた。
高橋警部は風呂場を一応調べると一分も無駄にせず、日本座敷に運ばれた初江の死体を仔細に観察しはじめたが、木沢、野原両医師に対して、必死の様子で重要な質問を出しているらしい。
今回の事件は必ずしも他殺とは限らず、現に木沢氏もさつき云つたように、初江の入浴中に、癲癇《てんかん》か何かの発作がおこつて、一時意識を失いそのまま溺死したのかも知れない状態にあるので、今や医師の供述、観察は非常に重大なものとなつて来た。警部は、ひそひそと二人の医師と話をつづけた。
ところへ、待ちに待つた藤枝が来たということを女中の久や[#「や」に傍点]がとりついだので私はいそいで玄関に出迎えた。
「驚いた! 電話でちよつときいたがもう一度詳しくききたいんだが……」
誰もおらぬ応接間で、私は藤枝とさし向いになつて、今までの経緯をあらまし語つたのであつた。
藤枝は、一言も洩らさずに黙つてきいていたが、風呂場の有様を語ると、彼は全く意外という表情を表わしたが、しかし何も云わぬ。
ところへ林田がはいつて来た。
「藤枝君、大変なことがおこつたよ、ご病気中にね。まだ余り顔色がよくないがもういいのかい」
「うん、ありがとう、未だいけないんだが、病気どころじやなくなつちまつた」
「今、警部があちらで、ひろ子さんを調べているんだが」
「そうか、じや僕もきかして貰おう」
私どもは日本座敷にはいつた。
ひろ子が死体発見の有様を警部に語つている所だつた。
「小川さんと暫くお話していましたが、六時四十分頃になつても夕食のしらせがないので、気になるので私はうちにはいり、一旦台所にまいり二人の女中にただしますと、もうできていると申します。初江は一体どうしたのかと思いまして、台所からの戻りがけに、お風呂の外から声をかけましたが答えがありません。余り長いのでドアをあけて中を見ますと、妹は、足を湯の上に出し、全身を湯の中につけて……頭を全く湯の中につけて死んでいたのでございます」
10[#「10」は縦中横]
それから彼女は悲鳴をあげて私達を呼んだ事を述べたが特に注意すべき事柄もなかつた。
警部は、ひろ子が初江の死体を発見した時の有様を更に訊ねたが、ひろ子の供述は全く私自身が見た場合と同じで、林田
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