も私も、警部に対して同じことをくり返して述べたのであつた。初江の死体が現場にそのまま残つていなかつたことについて、警部がかなりがつかりしたらしいのは既述の通りだけれども、この点については、藤枝も余程残念だつたらしい。
 風呂場の中で何か不思議なものを見出さなかつたか、という警部の問に対して、林田が口を出した。
「私は別に妙なものは発見しなかつたけれども、初江が入浴中、さきに木沢医師にもらつたらしい散薬をのんだ形跡を認めた。すなわち浴槽の外、流し場の横に濡れたパラフィン紙が捨てられてあつた。さつき木沢氏に渡して、その紙を調べてもらつたが、たしかに木沢氏が渡した健胃剤の一包らしい。なお彼女の着衣の中から残りの散薬が出て来たから全部(二包)木沢氏から野原医師に提出してもらつた」
 林田の供述はこんなものだつた。この薬の点は私の今まではつきり知らぬ所だつた。
 警部はそれから駿三、ひろ子、さだ子、伊達に対してかなりえんりよなく訊問をこころみた。事件当時の彼らの行動について調べたのである。
 ひろ子の行動は既に読者の知れる通りだ。
 さだ子はずつと二階で林田に警察の事を物語つていたと語つた。
 駿三はこの日気もちが悪く、午後は木沢氏の処方にかかる鎮静剤の効果で、ずつと床の中にいて、ひろ子によび起されるまで何も知らなかつたと述べた。
 伊達は一旦帰宅して用事をすませ――用事というのは二、三本手紙を書く為だと答えた――それから夕方六時半頃、裏口からはいつてすぐ二階に上つて林田、さだ子の二人と共にさだ子の部屋にいたと語つた。
 二人の女中しまや[#「しまや」に傍点]と久や[#「や」に傍点]は当時台所にいたと一致して答えた。
 藤枝はこんな場合、必ず何か口を出して問を発するのだけれども、今日は病気の為かすつかり元気を失つてしまつてまるで黙りこんでいる。
 林田も、今日は私と共に警部に一応参考人として取り調べられる立場にいるので、これも多くを他の者に対してはきかなかつた。
 最後に、警部は二人の医師とひそひそとまた何か相談していたようだつたが、刑事が電話をかけに行つたようす、その緊張振りから察するに、事件は遂に検事局に報告されたらしい。高橋警部は、医師の説を詳しくきいた結果、他殺の嫌疑濃厚と見たのであろう。
 変死体がそのまま現場になかつたのがすつかり警部の機嫌を悪くしてしまつたらしく、警部は、藤枝とも林田とも余り口をきかなかつた。藤枝も林田も今日は余り語らない。
 八時すぎ、藤枝は私をかたわらに招いて、帰ろうというようすをした。私は直ぐ彼のあとに従つた。
 玄関を出る時、私は藤枝と高橋警部の会話をちらと耳に挿んだ。不機嫌な二人はこんなことを云い合つていた。
「高橋さん、あなたはまだ、早川辰吉を疑いますか」
「無論です。彼の無罪が明らかにならぬうちは」
「あなたは初江の死が過失死だと思うのですか」
「藤枝さん、必ずしもそうではありません。しかし私は、第二の事件と今度の事件が必ず同一人のやつたものだと思う必要はないという意見です」

   ひろ子の推理

      1

 秋川邸を出て、自動車に乗り自宅に着くまで藤枝は一言も発しなかつた。私は、急に彼が活動をはじめたため、せつかくなおりかかつていた彼の身体の工合が、また悪くなつたのじやないかと心配しながら藤枝の家まで一緒について行つた。
「暫くねていたので妙に疲れて困るよ」
「うん、身体を悪くしちや大変だ。かまわんから床にはいり給え」
「失敬して横になるよ」
 彼は遠慮なく床にはいつたがかたわらに坐している私に語りはじめた。
「今日の事件は全く意外だつた。殊にああいう形式で惨劇が起るとは、僕もまるで予想しなかつたことだよ。無論度々君に云つた通り、秋川の家に、第三の惨劇が起りはしまいか、ということは考えていた。しかし被害者が初江で、殺人方法がああいうやり方だとは! 全く意外だつた。これで僕の今までの考え方を根本的に改めなければならないかも知れん[#「これで僕の今までの考え方を根本的に改めなければならないかも知れん」に傍点]」
 彼は思わずかたわらの煙草入に手を出したが気がついてまた手をひつこめた。
「根本的に考え方を改めるとは?」
「ねえ小川、君は今度の事件の特異性に気が附かないかい? ちようど第二の惨劇――あの四月二十日の事件がひどくある特色をもつていたと同じ位にね」
「さあ、ちよつと判らないな」
「駿太郎とやす子が同一人に殺されたとすれば――しかしてこの考えは正しいと信じるが、そうすれば共犯関係は別として、少くとも直接の犯人は男である、と考えるのが正しいだろう。君もそう思うだろうな」
「うん、そりやそうだ」
「ところが、きようの事件はどうだろう。全くその反対の結論を生み出してはいないかね……君は
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