段で、それまでに左手すなわち笹田執事の室の隣に一つ部屋があり、次が小さな物置(これには廊下を掃除する箒木などがつめこんである)その次が便所でその奥に化粧室があつてそれに隣《とな》つて浴場がある。
 風呂場へ通るには化粧部屋のドアをあけて一旦化粧室に入りそこから更に風呂場にゆくことになるのだ。
 たびたび申す通り、私は図を描くのは苦手なのだが、不正確ながらも大体の見取図を書くと丁度こんな風になる。
 私が、仆れかかつているひろ子にぶつかつたのは、●(黒点)で示してある所で、階段の下、便所の前である。
[#秋川家の部屋の配置図(fig1799_03.png)入る]
 ひろ子の言葉をきいた時、咄嗟のことなので、私には『風呂場の花嫁』がどんな恐ろしい意味を表わすのかちよつと解らなかつた。
 林田は早くもその意味を察したと見え、いきなり化粧室のドアから中におどり込んだ。此の戸は半ば開かれていた。私もひろ子をさだ子と伊達に托すと、つづいて林田のあとからそこにとび込んだのである。
 化粧室に入るとすぐ目に入つたのは、奥の壁にはめこみになつている等身大の立派な姿見[#「姿見」は底本では「姿身」]だつた。その他に色々な化粧品がおかれてあつたが、そんなものは今|記《しる》している限りではない。注意すべきはただ一つ壁のところにさつきまで初江が着ていた着物がかかつている、着物の主は今正しく浴場にいるにちがいないのだ。
 林田もすぐ着物に目をつけたものと見え、ちよつと躊躇して私をかえりみた。
 初江がどんな状態で浴場にいるにせよ、彼女は無論裸体になつているにきまつている、如何なる場合も若いお嬢さんが真裸体《まつぱだか》でいる所に男がとびこむ事が許されるべきであろうか。
 しかしひろ子の悲鳴はわれわれに一瞬間以上の躊躇を許さなかつた。
 林田も私と同じ考えと見え、右手のガラス戸の外から、
「初江さん。初江さん」
 と二、三回よんでガラス戸を叩いたが、中から何の返事もないのをたしかめるや、
「おい、あけて見よう」
 と私に云つたがその声は異常な緊張味をおびていた。
 私は無論賛成した。
 戸をひきあけて、中をのぞいた瞬間、私と林田と顔を見合わせて、思わず、あつと叫んだのである。
 中はタイル張りの美しい広い浴場である。
 その奥に、洋式の立派な浴槽がおいてある。
 初江はどこにいたか? 彼女はたしかにその浴槽の中に! 八分目満されている湯に中に頭を沈ませ、そうして両脚を上にのばして! 仰向けになつて、沈んでいるではないか。
 私はこの時、林田が、口の中で、
「ジョセフ・スミスだ! 風呂場の花嫁!」
 というのをきいた。
 此の物凄い光景を見た刹那はじめて私もこの言葉をはつきりと思い出したのである。
 二人はただちに浴場にかけこんだ。
 既述の通り湯は浴槽に八分目位はいつている。
 浴槽の広い方を頭にして、初江は無論全裸体で仰向けになつている。身体は殆ど全部湯の中に在り、頭も、目も、鼻も、耳も、つまり顔全部が水面から約二、三寸下になつて水にひたつている。手は一方を胸に、一方を横に延ばし、そうして、両脚を狹い浴槽の端にニユツと突出しているのだ。

      7

 この恐ろしい、しかし不思議な初江の形を、私は再び下手ながら図に書いて明らかにしようと思う。かくする事によつて、この奇怪な事件が読者に一層はつきりわかると思うから。
 なお、序に検証の結果後に判明したところを記すと、浴槽の長さはAB、内側でこれが丁度五尺五寸(但しこれは一番上のひろい所で)底の部分すなわちCDの長さは三尺八寸、巾はEF(すなわち一番広い所)が二尺、底GHが一尺六寸、足の方に当る浴槽の上が(IJ)一尺七寸、底KLが一尺一寸五分であつた。
 高さはMNが一尺四寸、OPが一尺四寸二分。
 しかして初江の身の丈は五尺一寸あることがはつきりとわかつた。
 美しいお嬢さんが、この姿で風呂槽の中につかつており、周囲は全く静かで、時々栓からポタポタと音がして湯がたれている。この妙な不気味な静けさは我慢出来なかつた。
[#浴槽の被害者の図(fig1799_04.png)入る]
 正視するに忍びず、という感じで私はあわてて初江の身体を抱きあげようとしたが、それまでにさすがに心をしずめて初江の水の中の顔をじつと見ていた林田が、いそいで口を出した。
「多分もう駄目だろうが法律が何と云つたつてこの死体をここにほつておくわけにはいかない。すぐ木沢氏をよんで出来るだけ早く手当をしてもらわなけりやいかん。しかし、この状態を君ははつきりおぼえておいてくれ給え」
 私は、そう云われて改めてこの状態を充分頭に入れたが、いつのまにか林田は風呂場から出て電話の方に行つているらしく、あわてた声がきこえる。やがて彼は再び戻つて来
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