すがに喜びの色はかくせなかつた。
ひろ子が室に入ると入れ交《ちが》いにさだ子は出て行つたが、伊達と自分の部屋ででも話すつもりなのだろう。二十分程私はひろ子、初江ととりとめのない話をしている所へ、林田がいそいで戻つて来た。
「失敬しました。ちよつと用があつたのでね」
人が一人ふえたので話もいろいろにはずんで大分愉快な気もちになつて来た。
ふと、腕時計を見ると、五時二十分すぎである。どうしようか、帰ろうかなと思つていると、不意に女中の久や[#「や」に傍点]が室の戸口に姿をあらわした。
「初江様、お電話でございます」
「電話? どこから?」
「あの、よく判りませんが女の人の声でございますの」
初江はちよつと迷つたような表情をしたが直ぐに女中について出て行つた。
五分位たつと彼女はまた室にあらわれたが、なんとなくあわてたようすだ。
「どんな電話でした?」
林田が立ち上つて初江の方に行つた。初江は、私達を見ながら何かいいかねている形である。
林田は初江に近づいて小さな声で何かささやいたが、初江もこの人ならば、と思つたか今の電話の事をひそひそ話しているらしい。
私は自分が探偵でないことを心から残念に思つた。もし藤枝がここにいたならば、きつと初江は藤枝にも今の電話の秘密を語つたであろう。
2
こう思うと、ここで一人勢力をもつている林田に対して私はいささか反感らしいものを感ぜざるを得ないのである。ひろ子も余りいい気もちはしないと見え、誰がお前達の話をききたがるものか、と云つた風でことさらに私に話題を出してしやべりはじめた。
戸口で話していた初江と林田はまもなく、用事がすんだと見え、また室に入つて腰をおろしたがなんとなく、気まずい空気がただよいはじめた。
しかし、この気まずさは次の事によつてすぐ救われた。
女中のしまや[#「しまや」に傍点]が戸口にやつて来て、ひろ子の方を向きながら、
「お風呂が出来ておりますのですが」
と云つた。
ひろ子はちらと私の方を見ながら、
「ああそう、ありがとう」
と云つてしまや[#「しまや」に傍点]の方を見返したので、しまや[#「しまや」に傍点]はそのまま引き取つて行つた。
「お姉様、お風呂におはいりにならない?」
「ええありがとう。だけど私、今小川さんとお話しているのよ」
「かまいませんよ、どうかおはいり下さい。私も失礼します」
私はこう云つて、ちよいと腰を浮したが、すぐひろ子にとめられた。
「あらまだいいじやございませんの、食事をしていらつしやいましな。初江さん、あなたかまわないから先にはいつて頂戴よ。さださんは今伊達さんが来ているしねえ、初江さん、林田先生にごめん蒙つてお風呂にいらつしやいよ」
「そうですとも。姉さんがああおつしやるんだから、どうか私にかまわず、おはいりなさい」
初江は、姉の不機嫌なのを早くも見てとつて、ここで自然に場をはずすのがいいと決心したと見え、
「じや、おさきにごめんこうむりますわ」
と云つて立ち上つた。
「どうぞ」
ひろ子は、はつきりと口で云つたが顔は私の方に向けたままだつた。
初江は立ち上つて、また何か林田に云いたいらしい。林田はやはり立つて戸口で何か云つている。
「また、初江の秘密主義よ」
ひろ子は不愉快そうな顔をして私に笑いながら云い出した。
「何かへんな電話でもかかつて心配なんでしよう」
「それだつたら私達の前で云い出してよさそうなものですわね。初江は私達を疑つているのかも知れませんわ」
「まさか」
私はこう云つたが、ひろ子が『私達』という言葉で、自分と私をさしてくれたのを心ひそかに喜んだのであつた。
「ではおさきに」
初江はそう云うとすぐ姿を消してしまつた。
林田はシガレットをくわえたまま、窓の所に立つて外を見ながら何か考えている。
「林田さん、何か重大な事がおこつたと見えますな」
「今ね、あのお嬢さんの所にかかつて来た電話がいつこうわからないんだ。第一誰からかかつたかも判らないんだ」
「女だつてね」
「そう、たしかに女だそうですがね」
私はこの時、十七日の午後、藤枝のオフィスの電話口できいたあの不気味な女の声を思い出して思わず戦慄したのである。
3
「いつたいどんな話だつたのです」
私は勿論こうききたかつたのだ。しかし今こんなことを訊ねた所で到底林田がその内容を云いそうもないのでこの質問はさしひかえた。
ひろ子も私も黙つてしまつた。
林田は林田で頻りに何か考えているようすで窓の所に立つてじつと庭の方を眺めている。
妙な静かな十二、三分間であつた。
私はこの間に藤枝の警告を心にくり返していた。彼は云つた。秋川邸にいるもの、来る者、全部に注意をせよ[#「秋川邸にいるもの、来る者、全部に注
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