彼はかくそうとしたか、これが謎だよ」
「ふうん」
私は今更感心して考えこんでしまつた。
「うん、素性と云えば、早川辰吉の性質がよく判つて来たよ。これはさつき警察から電話でしらせてくれたのだがね、牛込署の刑事が二十一日の夜、大阪に立つて、辰吉の前の情婦の岡田かつに当つて来たんだ。その結果、妙な事が知れたよ。岡田かつは辰吉を嫌つて別れたそうじやないんだそうだ。ただ同居に堪えられなくなつたんだね。つまり一口に云うと早川辰吉という男は変態性慾患者なのだ、すきな女を肉体的に苦しめるのがむしようにうれしいんだ。不幸にも、かつがマゾヒストでなかつたので別れちまつたんだな。そうして佐田やす子の場合もそうだつたらしいんだ。つまり、やす子も辰吉をすいてはいるのだが、どうも一緒におられなくなつたのだろう」
11[#「11」は縦中横]
「そうすると、どういう事になるんだい」
「彼に惨虐性がある、ということが判つた事は、彼の為には決して利益ではない。現に警察では、この点で二十日の夜のあの殺人事件について早川をますます疑つているよ。駿太郎の死にざまを思い出して見たまえ」
藤枝は暫く何か考えていたがまたつづけた。
「しかし、彼が変態性慾患者だということは、僕には、他の点で非常に興味があるな。つまり佐田やす子が全く情夫と逃げたわけでなく、また辰吉を嫌つてにげたわけでないとすれば、非常に面白いなあ」
「どうして?」
藤枝は、しかしこれには答えずに、一人でしきりに面白がつているようすである。
それから後は、私がいろいろに水を向けてもいつこうに、気がのらぬ風なので、私も余り長居をするのもどうかと、そのままうちに帰つてしまつた。
かくて二十日の事件後、二十一、二十二、二十三、二十四と四日は何事もなく無事にくれた。此の四日間の、出来事及び人の行動を簡単に記《しる》すと、二十一日に極くひそかに駿太郎とやす子の埋葬が行われた。二十一日朝から早川辰吉は邸宅侵入罪でずつと警察に拘束されている。伊達は一晩とめられて帰されたが、その後毎日よばれて何か調べられているようすだ。駿三はすでにのべた如く、ようやくショックからなおつて床をはなれたが、藤枝はまだ多少の熱の為に床についたままである。
そうして、とうとう恐るべき四月二十五日がやつて来たのであつた。
例によつて私は、四月二十五日の朝早く藤枝を訪問した。もう余程よくなつているのだが、まだ二日程は外出を医者から禁じられているというので、私はまた一人で秋川家を訪問した。
私が同家に着くと直ぐ、主人がまた身体の調子が悪いという事を丁度来合わせた木沢氏から聞かされた。
「どうもまだ神経がたかぶつておられるようです、どこも他にこれと云つて悪い所もないのですがね。昨夜一睡もできないと云つて大変不機嫌ですよ。なるべく弱い鎮静剤をやつておくがいいと思うので今処方しました。午後もう一度来て見ますが、午後になつてもあんな調子ではちよつと困りますからその時はまたその時でなんとか考えて見るつもりです」
私が木沢氏と応接間で話している所へ、林田もやつて来た。無論木沢氏は林田にも主人の容態を語つてきかせたのである。
「そりや困りましたね、ねえ小川さん、令嬢達は大分ドライヴを楽しみにしているようだが、御主人が病気じや出るのは具合が悪いでしような」
「いや、そんな御心配はありません。今申したようにただ神経が少々たかぶつているだけなのですからかえつてお嬢さん方をどこかへおつれになつた方がお宅が静かになつていいかも知れませんよ」
三人で話している所へひろ子、さだ子、初江が姿をあらわした。
木沢氏が初江に向つて云う。
「昨日から胃が悪くて食慾がないということでしたね。丁度いいです。今日ドライヴでもなさつたらかえつてよくなると思います。私今帰つて午後に健胃剤をもつて来ますから、それまで運動していらつしやい」
木沢氏がこういうのであるから無論今日もまたドライヴすることに決つた。たださだ子は父の様子を注意するために家に残るというのである。木沢氏が先ず秋川邸を辞した[#「秋川邸を辞した」は底本では「秋川郊を邸した」]。
用意が出来て、林田、ひろ子、初江、それから私が車に乗るとひろ子が私にささやいた。
「さだ子はね。伊達さんが今朝早くからまた警察によばれているので心配で出られないんですよ」
12[#「12」は縦中横]
別にどこに行くというあてもない。私はただ藤枝の命令に従つて令嬢達を外に連れ出せばいい事になつているので、ドライヴのプランをきめていたわけではない。林田は何と思つているか判らぬが、これも別にはつきりした目的地はないらしく、結局、運転手の発議で、東海道をいいかげんに走つて見ようじやないかということになつた。
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