だよ、高橋さん、あなただつてそうですぜ」
「ほう、そんな有様ですか」
「木沢医師の話によると、昨夜のショックで元来神経衰弱なのが一層ひどくなつているらしいんだ。昨夜あれから興奮して、まるで眠れぬ上、調子が妙なのでゆうべおそく、木沢医師がよばれたそうだが、先生もちよつと手がつけられず、抱水クロラールかなんかのましてやつとねかしたというんだ。今僕が行つた時は眠つてるということでしたよ。何でも警察も探偵も全く信用出来ぬから、以後誰にも会わん。予審判事の令状でも持つて来ない限り、警察人にも会わんと頑張つていたそうです」
「おやおや、一番信用があつた筈の君が会えないとすりや、僕はとても駄目だね」
 藤枝が、頭をかきながら苦笑した。
 林田はそばの椅子に腰かけたが[#「腰かけたが」は底本では「腰かけたか」]、今まで不思議そうに林田と藤枝の会話をきいていた早川辰吉をじろりと見ながら、高橋警部に、小さな声で、
「これが、さつきの、あれですね」
 と云つた。
「そう」
 と高橋警部がこれも小声で答えたが、今度は藤枝、林田両名に向つて、
「伊達ですがね。あの男も一応調べたいのでさつき刑事をやつて同行させて来ました。刑事部屋に今待たしてありますが、のちにきいて見る積りですよ」
 と云つた。
 藤枝は、腕時計にちらと目をやつたが、何を思い出したか、つと立ち上つた。
「さて、僕はともかく一度秋川家を訪問して来よう。主人公には撃退されるかも知れないけれども、誰かには会えるだろうから……林田君、君は一つこの早川辰吉という人のいう所をよくきいてくれ給え」
「藤枝さん、伊達の取調べはいいですか」
「さあ、ききたいですが、ちよつと急ぐことがあるので……」
 彼はこういいながら一|揖《ゆう》すると私を促すので、私も高橋警部と林田にあいさつしながら、部屋を出た。
「ここから大して遠く[#「遠く」は底本では「違く」]もなさそうだから、ぶらぶら歩いて行つて見ようよ」
 何となくおしつけられるような警察の建物から出て、四月の青空の下に出た私は、解放されたようないい気持になつていた。
「ねえ君、早川というあの男ね。犯人だろうか」
「さあね。しかし、邸宅侵入は明らからしいね。警察では邸宅侵入の罪で当分身柄を拘束するだろうよ。それからじわじわと殺人の方にとりかかるのさ」
「伊達の取調べはきかないでもいいかい」
「ききたいけれど、大して得る所はなさそうだよ。無論伊達が殺人を自白すれば別だが……ただ本人がアリバイを立証できぬというだけでは意味がないからね。警察側で、彼が殺人をしたという事を立証できなければ仕方がないよ」

      2

 秋川邸の玄関についてベルを押すと、出て来たのは笹田執事であつた。
「これは藤枝先生ですか。もう少し前に林田先生が見えてお帰りになりましたよ」
「御主人は御病気だそうで。あなたも中々忙しいでしような」
 靴をぬぎながら藤枝がこんなことを云つた。
「全く今日は閉口致しました。朝から新聞社の方々が見えて、御主人にお目にかかりたい、御主人が病気なら令嬢にあいたい、と云つて中々帰らんので、私がいちいち応対致しましたようなわけでね」
「ははあ、じや、今日の夕刊には『秋川家の執事笹田仁蔵氏は憂わしげに語つて曰く』……てな記事が出ますぜ。あなたも大いに有名になるわけだな」
「とんでもない。こんな事で有名になんかなりましては」
 こんな事を云いながら、笹田執事はわれわれ二人を応接間に通した。
「勿論、御主人にはお目にかかれますまいから、令嬢に御目にかかりたいんです。おや、これじやつまり新聞記者と同じことだな。あなたに撃退されちや困るが」
「御冗談で……」
 愛想よく、笹田執事は二人を残して出て行つたが、暫くすると、ひろ子が部屋にはいつて来た。
「先生、あの昨夜犯人が捕まつたそうでございますね」
「ええ、どうして御承知ですか」
「さつき林田先生がおいでになつた時、そんなことを承りました。先生はこれから警察に行くんだとおつしやつてでした」
「私は今牛込警察署でゆうべ捕まつた男というのに会つて来たんですよ」
「まあ! そうして犯人は白状致しまして?」
 ひろ子は美しい目を大きく輝かした。
「御当家の庭に外から飛び込んだということはたしかに本人も認めています。何でも佐田やす子の情夫だつたというので、やす子にあいに来たというのです。しかし、駿太郎君を殺したことは勿論、やす子を殺したおぼえもない、とこう云つていますよ」
「で、先生のお考えは?」
 ひろ子はさぐるように藤枝を見つめた。
「私の考え? その男、早川辰吉についてですか」
「はい」
「さあ、そりやその男が殺人犯人かも知れないし、そうでないかも知れない、と今の処そういうよりほかはありませんな」
「でも、佐田やす子の情
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