るので裏口から(渡り廊下の入口の事を云うのであろう)来たというのだ。君も知つてるだろうが、裏口からも階段がついているからね」
「それで君はどうした」
「そこで僕はさだ子に用があるからと云つて伊達にすぐ帰るようにいい、僕はさだ子と共に部屋にはいつたんだ。ところでさつきのこの騒ぎで、女中が伊達の家に行つて見ると彼一人きりしかいなくて、雇婆さんは丁度留守だつたというのだ」
「成程、すると、はたして君と別れた後、伊達がまつすぐに家に帰つてそれから今までずつと家にいたかどうかということは判らないわけだな」
「そうさ。もつとも、僕が伊達と別れてから例の事件が起つてそれから女中が迎いに行くまでは十分か十五分位しかないのだから、迎えの女中が行つた時彼がちようど服の上衣をつけていた、というのに不思議はないがね」
「しかしともかく、伊達のアリバイは決して完全ではないな。ところでこの家の中の者は、主人は、事件当時僕とこの部屋にいたし、ひろ子もここにいた。さだ子は君に調べられて二階の室にいたのだから、これも確かだし、初江は女中部屋にずつといたというわけだね」
「そうだ。だからどうも家族の中では皆が皆完全にアリバイをもつている。少くとも直接に犯罪に関係のあるものはないと云わなけりやならんよ」
「伊達の外にアリバイを立て得ないのは、厳格に云えば、そこにいる(と云つて藤枝は応接間の戸をさして)笹田執事だが、しかし僕らが玄関にとび出した時は部屋から出て来たのを見たよ」
笹田執事の部屋は玄関を上つて左手、すなわち応接間と廊下を隔てて反対の側にあるのだ。
「結局、此の犯人はどうしても外からの者だと思わなけりやならんね」
林田が煙草に火をつけながらそう云つた。
7
ちようどその時、窓の外にガヤガヤと声がして警視庁の人達、警察の人達が一通りの検視捜索を終つて戻つて来た。
藤枝も林田も私も、応接間に待つていると本庁の捜査課長はじめ、刑事部の人々を先頭に六、七人の人達がはいつて来た。藤枝、林田共にこれらの人々と懇意の間柄と見えて親しげに挨拶をしていた。
応接間はたちまち、今回の事件に関する緊急会議所と変つた。藤枝も林田もここではじめて当局の現場検視の結果をきくことが出来たのであつた。この結果によれば、警察の人々はかなり現場で活動したことになる。
私がその時きいた事柄の大体を記すと次の通りである。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(一)駿太郎の死体、楓の木の横に南西に頭を向けて両足を大の字に開き仰向きに仆れていた。無論他殺と認められた。死体はひきちぎられたシャツ[#「シャツ」は底本では「シヤッ」]の一部分が肩のあたりに残つているのを除いて全裸体。着衣は死体の下にあり、シャツはむしり取られ猿又ももぎ取られたらしい。両手を兵児帯で後手に緊縛《きんばく》されている、その帯の端が咽喉部に三巻半ほど巻かれ、これが又|緊縛《きんばく》されており、呼吸は完全に止められている。
[#ここから1字下げ]
脳天よりやや前額部に近く鈍器による裂傷一個あり、烈しく出血している。一見これが致命傷らしく、深さは充分骨膜に達し骨を破つている、しかし、咽喉部にまかれた帯による絞殺も可能な場合であるので、撲殺、絞殺いずれがその直接の死の原因であるかは解剖によるにあらざれば明らかでない状態であるが、いずれが先にせよ、時間的には永くも僅か二、三十秒位の間しかない筈である。
なおこの他に、縛られた手首には皮膚に擦過傷が現れている。
猥褻暴行の跡はない。
(この最後の一行は、蛇足のようだが、猿又を取つてある所から係官は一応確かめたものと見える)
死体はまだ温度をもち、検視前二、三十分に兇行が行われたものらしい。
(この点は読者の既に充分知つておらるる所である)
なお、死体の横に、庭下駄とおぼしきものが一足ちらかつていた。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(二)駿太郎の死体附近は茂つた木の下なので余り土は乾燥してはいない。しかも判然とした足跡が見出し難い。が東方に向つて靴の足跡が僅かに発見出来る。くさむら等みだれていないので格闘等のあとはない。
(靴の足跡と云うのは実は藤枝や林田や私のものであると後に判つた)
(三)駿太郎の死体から東南方約十間程の草の中に血まみれになつた拳大の石が発見された。駿太郎の頭部の傷と符合するから恐らく兇器はこれだろうと思われる。
(四)佐田やす子の死体、他殺と認められる。絞殺、恐らく両手を以てやくさつされたものらしい。多少抵抗したらしい跡がある。猥褻暴行の痕跡はない。死体は東の方に頭をむけて仆れていた。右の二の腕に死の直前に受けたらしい大きなあざ[#「あざ」に傍点]が発見された。多分人間の手で掴
前へ
次へ
全142ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング