この裏にもやつぱりひどく土がついているぜ」
と私の顔を見たが
「まあいいさ。別に君に関係してるわけじやないんだよ。しかしちよつとこれは外のと別にしておいて貰わないと困る。……」
彼はこう云いながら、その一足のスリッパを手にとつて歩き出したがふと立ち止つた。
「ねえ君、スリッパ一足でも持つてつちや泥棒だね」
「じや黙つてもつていかなけりやいいじやないか。ちやんと主人にそう云つたら……」
「いいや、まあよしにしよう。それ程大切な物じやないよ。しかし君僕が今これに気のついた[#「気のついた」は底本では「気のつい」]ことを断じて誰にも云つちやいかんぜ」
彼はこういうと、せつかく今探しあてたスリッパをそこにポンと捨て別のをはいてさつさと廊下を歩き出した。
このスリッパの一挿話はごく些細なことのようだけども、後に思い当る所が非常に多くなつて来るから読者はよく記憶しておいて頂きたい。
座敷に来ると、中には続く不幸に悩まされ切つた秋川一家の人々が皆青い顔をして集つていた。家族以外の者では、伊達と林田がいるだけだ。
主人はもう勇気を恢復したけれども、しかし物を云う気にはならないらしい。
ひろ子もさだ子も、それから三番目の初江もただおどおどしているばかりだ。
「伊達君、君は今来たのかい」
と藤枝。
「は、ここから急をきいて今しがたかけつけたばかりです」
「伊達君は僕らが来た時、一応ここを辞して自分の家に帰り、和服を制服にきかえて今来た、というわけなんだよ」
林田が側から説明した。
「さだ子さんは、この騒ぎの時上の部屋にたしかにずつといたんだね」
かなり無遠慮な質問を、藤枝がさすがに直接ではなく、林田に向つて発した。
私はこの時さだ子が赤くなつて下をむいたので、ちよつと気の毒なような思いがした。
「ああ、さだ子さんは僕と話をしていた。さだ子さんの部屋でいろいろ質問をしていたんだよ」
「そうそう、君が、窓から顔を出した時、さだ子さんもつづいて顔を出したつけね。それでと、初江さんは?」
「あの初江は、女中部屋で話をしておりましたんだそうです。今日までお調べにまつたく関係がなかつたものですからわざと私があつちへ行つておいでと申しましたので」
初江にかわつてひろ子がにつこりしながらそう云つたが更に、
「女中部屋にはその時、しまや[#「しまや」に傍点]と久や[#「久や」に傍点]と清や[#「清や」に傍点]がおりましたので、皆そう云つておりますからたしかでございますわ」
とつけ加えた。
「実はその三人を一人一人今よんで、女中達の行動もきいて見たのだが、僕らが来てから三人の女中と初江さんがあつちにずつといた事はたしからしい。ただやす[#「やす」に傍点]子はねえ、僕らが調べた後で一度も女中部屋に顔を出さなかつたそうだ。だから皆まだ僕らがやす[#「やす」に傍点]子を調べていると思つていたそうだよ。何ならもう一度皆よんできいて見るかね」
林田がこう藤枝に云つた。
6
「いや、君が今ここできいたんなら大丈夫だ。……実際、とんだ事でした」
藤枝はこんなことを最後に主人に向つて云つたが駿三はただうなずいたまま一言も発しない。いや発し得ないのだろう。
「高橋警部や林田君や僕などのいる前で、こんなひどいことをする奴ですから犯人は余程の奴です。しかし御安心なさい。警察と林田君と僕と三つが同盟する時、きつと犯人を捕まえて見せますから」
「そうだ。秋川さん、しつかりして下さい。必ず僕か藤枝君か警察が犯人を捕まえますよ」
二人の名探偵にこう云われても主人は余り安心した様子もなかつた。無理もない、藤枝自身云つた通り、この有力な三つの力を愚弄して今度の兇行が行われたのだもの。
二人の名探偵もまつたく余り得意になれなかつた。何となく気まずそうに二人は立ち上つた。
「御両所に申しますが、警察の人達に、余りわれわれ親子を手荒く調べないように云つて頂きたい。さんざん訊問しても結果はこんな悲惨な事になるのですからね」
今まで黙つていた主人が急にこんな事を云いはじめたが、藤枝も林田もこれには一言もないと見えて苦笑して部屋を退却した。
それから私らは再びさつきの玄関の側の応接間へと通つた。
「藤枝君、今は同盟[#「同盟」に傍点]という言葉を出したが僕も今度という今度は、もう競争している場合じやないと思うよ、われわれは協力して犯人に向わなくちやならん」
「無論だとも。僕も全くそう考えているんだ」
「そこで同盟の印として今日のことで君が知らないことを一つ云おう。さつき僕が佐田やす子を訊問してそれから二階に上ると、さだ子の部屋の前に、もう帰つた筈の伊達がいて、さだ子と立話をしているんだ。それで僕は、どうしたのかと聞いたら、一旦、この家を出たが思い出した用があ
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