まつたくほんとの子だと思つているようでございます。それがこのごろ母とさだ子とがまつたく仲が悪くなつてしまいました、母はヒステリーのようになりますと、私の前などでもさだ子の事をひどく悪く云うようになりました。さだ子の方では明らかに母のことを悪くは申しませんでしたが、でも心の中では何と思つておりますか……先日などは、母が何か父と激論をまじえた揚句、私の所にまいり、
『このまま行つたら私はきつと殺されてしまうよ。お父さんかさだ子か伊達に!』
 と申してしきりと泣きはじめたのでございます。私は驚いてそのわけをたずねましたが、決して申しません。父に対していろいろききましても一ことも申さないのでございます」
「ちよつとおたずねしますがね、最近になつてもお父さんは例の恐怖の様子を盛んに表わしておられたのでしようね」
「はい」
「すると、お母さんの方はどうですか、今の、殺されるかも知れぬなどと云うのは無論一時の発作での言葉でしようが、多少やはり恐怖心でも、もたれていたでしようか」
「平生はさほどでもございませんでした。けれど夜などは大変神経質になつていたようでございます。妙な話ですが、昨夜あの騒ぎの時気がつきましたのですが、母の部屋から父の寝室に通つている戸がなかから鍵がかけてございましたので父は表の戸をこわしてとびこんだのですけれど、こんなことから考えますと、きつと母は父に対して恐怖と憎念とを抱いていたのではないでしようか」
「もう一つおたずねします。お父さんの例の恐怖はただ自分のいのちだけのように思いましたか。それともあなた方にもしきりと警戒するように云われましたか」
「それはこの前申し上げた時と同じく、このごろになつてからますます盛んに云うようになりました。私ら子供に対してもまた母に対しても、しきりに気をつけるように申しておりました」
「成程……すると、今までの話では、お母さんがお父さんを憎みはじめた。それからあなたがさだ子さんの素性を疑りはじめたということになるのですね。もつともさだ子さんの方のことは単にあなたの疑いにすぎぬが……」
「いえ、ただ私の疑いばかりではございませぬ。とうとう母がそれについて私に申しましたのです」

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「お母さんが?」
「はい、しかも昨夜のことでございます。私は母と伊達さんがどつちも気まずいような顔で話しており、さだ子がまた母と大分長く話していたのを知つておりましたので、さだ子が自分の部屋に戻つた頃を見はからつてそつと母の所に行つて見ました」
「ははあ、そうするとあなたがさつき検事に話されたところと少々違いますね。あなたはさつきはたしかずつと自分の部屋にいたといわれたようでしたが」
「そうでございます。でもほんとのことをあの時申しますと、妹や伊達さんにすぐ嫌疑がかかりそうで気の毒だつたものですから」
「それでお母さんは何と云われたのですか」
 彼は相変らず手をこすつていたがこの時、シガレットを一本とつて口にくわえた。
「母は大変に興奮しておりまして、いろいろ申しましたが、結局、父が余りにさだ子と伊達の結婚について二人の為を思いすぎる。自分は結婚には決して反対ではないが、その条件には絶対に反対だ。お前も極力父に反対してくれ、とこう申すのです。それで私も今までの疑念を晴らすのはこの時と思いましたので、お父さんが二人の為を思いすぎるつて、さだ子も私の妹であなたの子ではありませんか、ときいて見ました」
「うん、そうしたら」
「そうしたら母が急に暫く黙つてしまいましたが、突然私に『お前ほんとにあれを私の子だと思つているのかい?』と青い顔をしてきき返すのです。『そうじやございませんの?』とまた私がきき返しますと、しばらく母は黙つて居りましたが、軈て苦しそうに顔をしかめながら『それについては明日でもゆつくり話してあげる。これには深いわけがあるのだからねえ。どうも頭が割れそうに痛いから今日はもうこの話はやめておくれ』と申しました。それで私も強いてはこれ以上きかなかつたのでございました。私が部屋に帰ろうとする時、『お母様、頭痛ならお薬のんではどう?』と申しますと、母は『ああお薬はとつてあるのだがお前、さだ子がこのあいだのんだ薬を知つているかい』と申すのです『アンチピリンでしよう』と私が云いますと『ではのんでも大丈夫だろうね。何分さだ子にすすめられたものだからね。心配で……』とこう申しました。私はそれで部屋に戻りましたが、私がねる前、お休みなさいを云いに母の部屋にまいりました時はまだ起きておりました。父がまだおきていたからだと思います」
「ところで昨夜母上が死なれたとすると、その秘密はとうとうあなたに知られずにしまつたのですな」
「はい」
「そこでつまりあなたの今の考えをいちごんで云えば、母上の死についてはさだ子
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