さんか伊達か、または両方が怪しいということになるんですね」
「まあ、そう申す事は恐ろしゆうございますけれど、そう思うより外仕方がないかと考えます。もつともこれはごくないないのことで……」
「御もつとも。それで検事には云われなかつたのでしよう。判りました。時にあなたは探偵小説はお好きと見えますね」
 昨夜のヴァン・ダインの小説事件が彼の頭にまだこびりついていると見えてまたしてもこんな質問をしはじめた。
「はい、すきでございますわ。アメリカのものは余り面白くございませんけれど、ヴァン・ダインなどはいいと思います」
「グリーン・マーダー・ケースはどうでした?」
「結構だと存じます。ただ私には途中から犯人が判つてしまいましたので」
「へえ、えらいですね。あれは中々判らないんだが」
「でもあの犯人は、実子ではないのでしよう。一家族の中に他人が一人はいつておりますのですもの」

   第二の惨劇

      1

 藤枝とひろ子はなお一しきり探偵小説の話をしていたが、私には一体何の為に藤枝がこんな会話を特にこんな場合えらんだのかさつぱり判らなかつた。
 暫くしてひろ子がいとまをつげて去ろうとすると、藤枝は、
「これから私が度々お宅に伺いますから、あなた御自身は余りこちらに出かけぬ方がいいと思います。世間がうるさいですからね。なるべくなら今度の事件も新聞などに載らぬ方がいいですから」
 とやさしくさとしていたが私の方を見て云つた。
「君また御苦労だがお送りしてくれないか」
 そこで私はきのうと同様、タクシーをよんでひろ子をその家の門まで送つたが、今日は是非上つて茶でものんで行けと云われるのを断つて、いそいでまた藤枝の事務所に戻つて来た。
「オイ。いよいよグリーン殺人事件になつて来たね」
 私は彼の興味をまたひくために帰るといきなりこう云つて見た。
「うん、似た所もあり、大いに違つてる所もありだよ」
 意外にも彼はこの話題には全く趣味がなくなつたらしく、ものうげにこう云つたのみであつた。
 さきに述べた通り、これが四月十八日の出来事で、この日はこれ以上何も記すべきことはなかつた。
 翌十九日早く大学で死体解剖があり、死因はまさに昇汞をのんだためと判つた。藤枝も林田も大学まで行つたそうだが私は行かず、ちよつと社へ顔を出して後、藤枝と一緒に秋川家を訪問した。警部も林田も来ていたが取調べも余り進んだようすはなかつた。警察でも確たる証拠を握らぬと見え、誰も拘引されたものもなく、表面何事もなく十九日はくれた。この日は、徳子の死を伝え聞いて親戚等が大分集つて来ていたので、さすがの藤枝も林田も充分な取調べはやりにくかつたらしい。
 翌二十日の午後、質素な葬儀がいとなまれた。
 報道機関はさすがに敏活で十八日の夕刊には既に「秋川家の怪事件」とか「秋川夫人の怪死事件」とかいう標題がかかげられたが、諸新聞は一斉に不思議にも翌十九日の夕刊に「秋川徳子の死は過失死」という事を書きたてた。
 これは秋川家の主人が全力をつくして新聞社に手を廻したのかあるいは警察で、犯人捜査の為わざとかやうな報道をさせたのか、または秋川一家と当局者とが巧に新聞社の人々を斯く信ぜしめたのか、私にはよく判らないけれども、ともかく、秋川夫人は十七日の夜頭痛の薬をのむつもりで誤つて駿三の催眠剤を多量に服用し、その結果、不慮の死を招いたものと一般に報ぜられたのである。
 だから世人は、藤枝、林田両探偵がせつかく登場したけれども、実は過失死事件であつたかと、いささか力ぬけの気味があつたようだ。
 もしこのまま秋川家に何事も起らなかつたなら、世人は秋川夫人の怪事件を、あるいはそれきりで忘れてしまつたかも知れぬ。つづいておこつたあの惨劇がなかつたならきつと秋川という家は、殺人鬼という名と共に人の記憶に残るようなことはなかつたろう。
 然るに、第二の悲劇が意外にも同一の家の中におこつた。これは藤枝と林田にはあらかじめ予告のあつたことはすでに読者の知らるる通りだ。しかし世人は無論そんなことを知らない。否私だつてこんな予告を信じていたわけではない。
 しかし悲劇は予告よりもはるかに早くおこつた。五月一日をまたず。四月二十日、すなわち夫人の葬儀の夜、意外な時におもいもかけぬ人が被害者となつた。
 誰が殺されたか。
 読者試みに想像したまえ。

      2

 と云つたからとて、四月二十日まで警察が眠つていたわけでもなく、また藤枝、林田両探偵が手をつかねてぼんやりしていたというわけでは勿論ないのだ。
 よく探偵小説などでは、殺人事件が起ると少しでも怪しいという人間が片つ端から拘引されるように書いてあるものだけれど、いやしくも法治国において、現実に事件が起つた場合、ただ「あいつが怪しい」位で無闇とその人間を引
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