の灰を皿に落しながら、すぐまたこんな皮肉をいい出した。
「しかしだね。だから同時にその利益を受ける者を疑つている者は、余計な嘘を云いやすいということも考えなければならない。ひろ子はさだ子を疑つている。こいつは事によるとさだ子が母をどうかしたのじやないかと思つた。そこで一刻も早くさだ子に嫌疑をかけさせるように供述を仕組んだかも知れないよ」
 私は、ひろ子のようなやさしい人を、どうして藤枝がこうあつさり片づけるのか、むしろ反感をもたざるを得なくなつたが、彼はこんな事を云い出したら決してその説を曲げない男であるのを知つている。私は今度は何も云わなかつた。
「母が死ぬことによつて利益を受ける人が少くとも二人はある。すなわちさだ子と伊達だ。反対者がなくなつた以上三分の一の財産がもらえることになるからね。そこでさだ子を犯人として見るさ。君がひろ子の肩をもつ理由はよく判つたが、するとさだ子は君のお気に召さないと見えるね。僕にはさだ子もたしかに美人だと思われるがな。あれが親殺しをする人と見えるかい」
 今度は逆に彼が攻めて来た。成程、さだ子がおそろしいそんな犯罪を行おうとはこれもちよつと考えられぬのである。

   誰を疑う

      1

 藤枝はへんな微笑を唇に浮べて私をじつと見つめている。私の心の中で突然ある考えがひらめいた。
 では、藤枝はあの伊達正男という男を疑つているのではないか。
 彼は、黙つている私をながめて、また煙を吐きながら語り出した。
「ところで、一体駿三はあれ程までに脅かされていたのに、どうして警察に云わなかつたか。これは今も云つた通り、余程重大なことだが更に今日でも全くあれをかくしているのはどういうわけだろう。すなわち既に自分の家で殺人事件が行われてしまつたのだ。それだのにまだはつきりしたことを述べない。
「次にさだ子とひろ子の供述の矛盾をはつきりおぼえていてくれ給えよ。さだ子は、夜、ずつと自分の部屋にいて誰も自分以外にははいつて来なかつた、とはつきり云つている。一方ひろ子の言に従えば、明らかに伊達がさだ子の部屋にいたということになる。云いかえれば伊達は少くともさだ子のひき出しから薬を出し得るチャンスをもつていた。ただし封をそつとあけて中味をすりかえ得たかどうかこれは一応考える必要がある。
「この事実に関しては、本人の伊達があの時さだ子の室にいたと云つているから、さだ子の供述は嘘だと思わなければならない。
「そうするとここにまた一つはつきりしておかなければならないことがあるよ。というのは、ひろ子とさだ子はきようだいであり、伊達もあの家族の一人と見ていい状態にある。事件が起つた直後に一人一人取り調べられれば別として、徳子が死んでから数時間経つている際、一人一人調べられてもそれまでにあの連中はどうでも口を合わしておけた筈なのだ。奥山検事もそれを見越していたからああいう訊問法をとつたのだろうと思うのだ。然るにあの有様だ。これはどう考えるべきだろう」
「うん、ひろ子とさだ子とは仲がよくないらしいんだね。少くともひろ子と伊達とが妥協をしなかつたんだろう」
「そうだ。しかしだね。さだ子と伊達とは婚約者だから、何とでも云えるだろうじやないか。それなのに、さだ子は誰も部屋にいなかつた、すなわち伊達が自分の部屋にいなかつた、と云つているのに伊達は平気でそれを話しているぜ」
「成程」
 私はちよつとよい説明が浮ばぬままにこう云つてしまつた。
「ありや君ね。さだ子が伊達をかばおうとしたのじやないか、小川、君はどう思う?」
「だつてそれじや肝心の本人が平気でしやべつているのはおかしいじやないか」
「それだよ。さだ子にはああやつてかばう必要が何か感じられたのだ。それだからはつきりとあんな嘘を云つたのさ」
「じや伊達は?」
「伊達はだね。全然嫌疑などかかるとは自分でも全く考えていないか、でなければあの際、ああわざと正直に云つた方が利益《とく》だと思つたのだろう……ところで、最後に佐田やす子という女の供述だが、これは全く簡単にして要を得ている。あれが絶対にまちがいのない事実だとすりや、犯人はどうしても秋川一家の人々の一人、もしくは数名だということになる。だからあの女のいうことはもう一度はつきりたしかめる必要があるよ」
 彼はシガレットのすいがらを灰皿にポンと投げ込んだが、やがて腕をくんでこう云つた。
「たつた一つ確かなことがある。それは例の脅迫状だがね。あれを送つた奴は、二個のタイプライターを使用している。そうして不思議な事には郵送された分と、直接送られた分とがはつきりタイプライターが別になつている。仮りに郵送の部をAというタイプライターでたたいたとすると、直接の方は全部Bという機械で打つているよ」

      2

 藤枝はこう云うと、く
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