うに彼は駿三に云つた。
「秋川さん、今まであなたの所に来た同じような封筒をあなたは一体どうしてしまつたんです?」
この不意打の質問に駿三は口をあいたまま驚いて暫しは何も云えないようだつた。
「秋川さん、もし残してあるのだつたら、よく今日のと見比べて下さい。紙質がちがつているかどうかという事を。それからタイプライター[#「タイプライター」は底本では「タイプライラー」]というものは、手で書くと同じように機械によつて個々必ず癖があるものですからそれも見比べておいて下さい」
驚いている主人の前に彼はかるくあいさつをした。
「それからもう一つ。従来は必ず郵送されて来たのでしようね。切手のはつてなかつたのは今日がはじめてでしよう」
この質問に、駿三は思わず首をたてにふつたのである。
3
門の外に出ると藤枝は暫くふり返つて、秋川家の建物をながめていたが、やがてぶらぶらと歩き出した。そうしてケースから一本エーアシップを出してライターで火をつけながら、うまそうに一服すいこんだ。
「どうだい、馬鹿馬鹿しいと思わないかい。人を殺すなら黙つて殺しやいいじやないか。相手を苦しめるつもりなら相手に脅迫状を送るのも意味はあるが、僕だの林田にこんな手紙をよこすというのはちよつと気狂いじみちやいないかね」
彼はこう云いながら例の封筒を入れたポケットを外から叩いた。
「まるで探偵小説じやないか。しかし、こういう事をかりに犯人がやつているとすると、今度の犯罪はこの点にたしか一つの特徴があると云えるよ。よくおぼえておいてくれ給えね」
ちようどこの時、空車という札をかけた自動車が通りかかつたので、藤枝はすばやくそれをとめて、二人は車中の人となつた。私も一緒にこれから彼のオフィスに行くつもりなのである。
車が牛込と麹町の二つの高台の間になる外濠の所に来るまで、彼はだまり込んで煙をふきつづけだつたが、ふと口をきつた。
「さつきひろ子が、ヴァン・ダインの小説をよんでいたと云つたのをきいたろう。君はあれについてどう思うね」
「さ、どう思うつて。君があの時検事に云つた通りさ。このごろのお嬢さんが探偵小説を読んでいたからつて僕は少しも不思議だとは思わないよ」
「うん、そりやそうさ。しかしね。あの『グリーン殺人事件』という特別の名が君に何かを暗示しなかつたかい。少くとも僕らが知つている所では、あの人は、秋川一家に、――殊に父親に何か危険が来はしまいか、と恐れていたのだぜ。しかもその結果思い余つて僕の処にきのう来た人だよ。しかも更に僕の処で、おかしな手紙を受け取つて青くなつて帰つて行つた人だぜ。その人が昨夜、あんな本をよんでいた、という事実はどうだろう。君は一体どう思う?」
「うん、成程そう云われりやおかしな話だね。あんな小説をよんでいる余裕はなさそうに思われる。でも僕はあの人がいいかげんなことを云つていたとは思いたくないな」
私は知らず知らず美しいひろ子を信じる気になつていた。
「いや、僕のいうのはそういう意味ではない。出たらめだと云うのじやないよ。ほんとだとするんだ。ほんとだとするとどういうことになるだろう。今日行つたあの家のお嬢さんが、惨劇の直前に『グリーン殺人事件』をよんでいたという事実……面白いじやないか」
私はこの時はじめて「グリーン殺人事件」の内容と、今の状態を思い合わせて、車の中でおもわずぞつとしたのである。
「小川君、僕の記憶がまちがつていないとすれば、あの小説はグリーンという一家族の者が、不思議な方法で次から次へと一人ずつ殺されて行く話だつたね。フィロ・ヴァンスという探偵が活躍するが惨劇を防ぐことが出来ない。グリーン一家の主人は死んで後家さんが残つている。これは病人で老婆だ。三人の娘と二人の息子がいる。皆はたち以上の人達だ。最初、長女のジュリアが殺され、それから末の娘のアダというのが殺されかかつてこれは助かる。四日程たつて長男のチェスターが何者かに殺される。二十日たつてから次男のレックスがまた殺されてしまう。それから終りに母とまた末の娘が毒殺されるが、娘の方はまた助かる。とこういう話だつたね。そうしてその話で、結局犯人は……」
彼はこう云つて私をじつと見つめた。
「犯人は」
私は思わずつづけた。
「犯人はその末の娘だつた筈だつたね」
4
「では君は秋川一家にやはりそんな不祥事が起ると云うのかい。丁度小説にあるグリーン家のように」
私はむきになつてきいた。
「うん、ないとは云えないね。現実が小説の真似をするということは絶対にあり得ないとは断言出来ないよ」
藤枝はいやに落ち着いて煙草をふかしている。
「それで、結局、犯人は家庭内の、無邪気に見える娘だというわけかな」
「小川君、僕はそこまで事実が小説のまねをする
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