という程の事もありませんでしたが…」
徳子と伊達が口論をしたとは初耳だ。検事は周囲の状勢から何か推察してカマをかけているのかしら。カマとすればこれは成功だつた。
伊達正男は明らかに狼狽した。
「しかし、今ほかの方にきくと何か口論があつたようだが」
「口論て、大したことはないのです。ただ叔母さんがしきりに私にせまるものですから」
「どういうことを?」
「さだ子さんとの結婚についてです。叔母さんに云われてはじめて知つた位なんですが、何でも叔父さんは今度僕がさだ子さんと一緒になると、このうちの財産の約三分の一をさだ子さんと僕にくれることにきめているのだそうです。叔母にすれば、それが甚だけしからん、という事になるのです」
「何が」
「つまりその額がでしよう、まだたくさん子供があるのにさだ子だけに三分の一を分けるというのは不当に多すぎると云われるのです」
「それで君はなんと答えた」
「無論僕は財産なんか、目的ではない。たださだ子さんと結婚するのが目的なんだから財産なんか一文だつていらない、と云つたのです。又実際そう思つていますよ。ところが叔母にはその理窟がどうしても判らないらしいのですね。僕の結婚と三分の一の財産というものとは離るべからざる関係があるらしいのです。つまり僕がさだ子さんと結婚すればどうしても三分の一という財産がついて来るらしいのです。これは叔母が判らぬというより叔父が頑固でそう云い張るのでしよう。だから僕は、余り不愉快だから、一文もいらぬと度々云つたのです」
「そうしたら叔母はなんと云つたね」
「叔母はしまいには、この婚約を一旦、取り消してくれ、とこういうのです」
「で、君は無論反対したろうな」
「勿論です。僕はとんでもないこと、さだ子さんと自分の間には二人で堅い約束をしたことでもあり、そんな今更取り消すなんていうことは絶対にできない、とこう云いました」
「結局君はその時、何と云つて部屋を去つたんだい」
「僕は、どんなことがあつても結婚する、といいました。叔母は、どんなことがあつても断じて結婚させないと主張します。結局、双方頑張り合つたまま、別れました。そうして僕はさだ子さんの部屋に戻り今の話をしたわけです」
彼はこう云つて検事の顔をきつと見つめたが、彼が徳子との話にはいるや全く興奮したようすがあらわれていた。
「つまり叔母は君の結婚の邪魔をする、といいは
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