つたのだね」
「まあそうです。いや、まあ[#「まあ」に傍点]じやありません。正にそうです」
「うん、そうか。では今ではその邪魔者がなくなつた、というわけだな」
検事はどういうつもりか、こう云つて伊達の顔をじろりと見た。
しかし、伊達の顔色には少しもこの言葉からの動揺は見られなかつた。
「それから君はさだ子と入れかわつたのかね」
「僕がさだ子にその話をするとさだ子は驚いて叔母の部屋に行きました」
「すると君はさだ子の部屋に一人残つたわけだね」
「そうです」
「どこに君はいたね」
この問は伊達には何のことやらちよつと判らなかつたらしい。
「さだ子さんの机の前に腰かけていました」
「すると君はさだ子の机の引出しを開けることが出来たわけだね」
17[#「17」は縦中横]
この時、伊達の顔にはさつと血の気があらわれた。
「何、なんですつて? 机の引出しを開ける? 僕、これでも紳士のつもりですよ。女の人の、ことに婚約者のいない留守にその人の秘密を知ろうなんてした事はありません。さだ子さんだつて僕がそんな事をしないと信じているから、僕を一人部屋に残して行つたのでしよう」
検事といえども容赦はしない、出方によつてうんと云いこめてくれようというようすが見えた。
「いや、そう君興奮しちや困るね、私は君が引出しを開けたか、ときいたわけじやないんだ、あけようと思えばあけ得る立場にいたのだねという意味を云つたまでだよ」
「僕、あけようなんて思つたことは……」
「それならそれでよろしい。時に君は、叔母さんが西郷薬局に風邪薬を注文したことは知つていたかね」
「全然知りません」
伊達はぶつきらぼうに云つた。
それから二、三の点について問答があつたが、やがて検事は伊達に引き取つてもいいという許しを与えた。
次によばれたのは年ははたち位の当家の女中で佐田やす子という者であつた。美人とは云えないが十人なみの容色、ただ昨夜からの椿事がすつかり彼女の気持を顛倒させている上に、検事や警部という厳《いかめ》しい役人の前に出たため、青ざめきつておどおどしていた。
彼女に対する検事の問はわりに簡単だつた。
昨日薬をとりにやらせられた話に止《とど》まつていた。
「私は御当家にまいりましてからちようど十日にしかなりませぬ。昨日の午後、時間ははつきりとはおぼえませぬが、さだ子様――二番
前へ
次へ
全283ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング