の表情がひろ子の顔にあらわれた。
 少しの間をおいて彼女は云つた。
「なにぶん、そんな騒ぎの最中ですもの、私ゆつくり考えている間はございませんでしたわ。すぐ皆して木沢さんに来て頂いたりなにかしたのですもの」
「そうですか。いや尤もです。では改めてききますが、その言葉を今からゆつくり考えてあなたはどう思います」
 再び困惑の様子を彼女は表わした。
「さあ、私よく判りませんけれど、今から考えると、さだ子にすすめられてその薬をのんだのだとか、又はさだ子に薬をのまされたとかいうのじやないんでしようか」
「のまされた?」
 検事はじつとひろ子の顔を見ていた。つづいて彼はおそらくこういうにちがいない。
「じや、のまされた[#「のまされた」に傍点]とお母さんが云いそうな状態がさだ子とお母さんの間にあつたのですか。毒をのまされたという状態が?」
 ところが意外にも検事はこの重要な質問を留保した。これは後に藤枝が私に云つた言葉であるが、さすがにものなれた奥山検事は、相手が若い女性でしかもこちらの質問を充分緊張して警戒してきいている際、このクライマックスでそういう重大な問をうつかり発すると、相手はしばしばうそをいうものであり、捜査方針を誤らせることがあるのを充分心得ていたものと見える。
 検事の質問は意外な方向にとんだ。
「きのうあなたはずつと家にいましたか」
「いいえ、用事でひるから出かけました」
 彼女はこう云つてちよつと藤枝の方に目をやつた。
「そうしていつ頃帰宅しましたか」
「そうです。多分四時すぎ頃でした」
「それから夕食までは」
「夕食までずつと下の広間でピアノをひいておりました」
「お母さんは、あなたの帰宅当時どんなようすでしたか」
「母は座敷に、床《とこ》をしかずに横になつておりました」
「では、薬屋に風邪薬をとりにやつたことは少しも知りませんでしたか」
「はい、母が死ぬまで存じませんでした」

      13[#「13」は縦中横]

「妹さんにさつき聞いたのですが、夕食には家族の方が全部一緒だつたそうですね」
「はい、それに伊達正男さんが加わつていました」
「伊達という人は妹さんの婚約者ですか」
「はい、左様でございます」
「いつもあなた方と一緒に食事をするのですか」
「はい。来られますといつも一緒に」
「ではこのやしきに住んでいるのではないのですな」
「最近まで邸
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