えぬようでございました。ただ夢中で一方を指さしますのでその方を見ますと、さつきの薬の袋が破つてあり、中のパラフイン紙に包んであつた粉薬をのんだらしくその包紙がすててありました。早速木沢先生に来て頂いていろいろ注射などして頂きましたけれども、御承知の通り甲斐がなかつたわけでございます」
 彼女がここまで語つて来た時、今までどこに行つていたか高橋警部が、不意にドアをあけて部屋にはいつて来た。それを見ると検事は、
「ではさだ子さん、今日はこれ位にしておきましよう。またききたい所があつたら後でよびますから」
 といつてさだ子にもう去つていいという合図をした。

      9

 さだ子が書斎から姿を消すと同時に、検事は警部に向つて云つた。
「高橋君、どうだつたい。矢張り同じ事かね」
「はあ、今度は主人が帰つていましたから、直接主人について充分取り調べて来ました。しかし、どうも西郷薬局の方には間違いはないようです。警察の野原医師もそれから、この家のかかりつけの木沢[#「木沢」は底本では「野沢」]医師も同行して専門の方の調査をしていましたが、やはり向うでは間違いは起つていないようですよ。
 さつきも申した通り、私はけさ早く、木沢医師から秋川徳子変死の報をきくとすぐかけつけましたが、薬の紙、その他証拠品を領置すると同時に、何より先に西郷薬局店にかけつけ同家について取り調べたのです。
 かくの如き変死者の出た場合、自殺であろうと、過失死であろうと、あるいは他殺であろうといずれの場合であれ、徳子が何をのんだかという事を第一に確かめる必要があると信じましたから。
 ところが薬局に行つて見ますと、生憎主人の西郷幸吉という男は昨夜、仲間の宴会があつてそれに出たまま未だ帰らぬ、という事でした。そこで数名の雇人を取り調べたのです。
 それらの供述は甚だ自然でありまして、昨夕、秋川家から電話がかかつて、二女さだ子に、木沢医師が数日前に処方した風邪薬の頓服薬を一包用意してくれと云うことだつたので、無論薬局では、さだ子ののむものと信じて木沢医師処方の粉薬を作つた、電話は雇人が取りついだが直《ただち》に主人に話したので主人自ら調剤したそうです。あそこには雇人として薬剤師の免許をもつているものが二人もいるのですが、その時は主人自ら調剤したそうです。主人は無論薬剤師です。
 そうして西郷薬局と書いた袋に
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