「ははあ成程、そうなると、つまりあなた方ご家族以外には伊達という人が一人夕食に加わつていたわけですな。いかがでした、お母様は食慾は充分おありでしたか?」
「いいえ、父も母も少々頭痛がすると申しまして……殊に母は可成りの頭痛で殆どごはんを戴きませんでした。ただ父や私共の為に食堂に出て来たようなものでございます」
「そのとき、何か食べた物で悪かつたと思い当るものはありませんか。……お母様以外に食物にあたつたという方もないのですね」
「はい、どうもいつもと少しも違わぬような品ばかりだつたと存じます。私台所で女中を手伝つてマヨネーズソースを自分で作りましたが、料理を作る女中がおりますから、なんでしたらその女中をよんで聞いて見ましようかしら」
「いや、それではそのほうはあとできいて見ましよう。そうすると、あなたも、お母様の死の直接の原因はあの風邪薬だとお考えですか」
「はい、そうとより外考えられないのでございます」
「その風邪薬――正確にいえば、その時薬局から届けられた薬は、あなた自身の名になつていたものですな」
「はい」
「そのあなたの薬を呑み度いというのがお母様のご希望だつたのですか」
「いいえ」
さだ子はこういつたが、この質問はすこし意外だつたらしい。
7
彼女は暫く何か考えているようだつたが、やがてはつきりといつた。
「あの……母が呑もうと申し出したのではございませんの。私がはじめすすめましたのです。余り頭痛がするというので私が数日前にのみました頓服薬を、のんで見たらと申したのでございました。母は、平生漢方の薬ばかりのんで西洋薬を好みませんでしたが、私が余りよくきいたのでまあ無理にすすめたのでございます。でも勿論こんなことになろうとはまるで想像もいたしませんでした。今から思いますと、私の好意が母を殺したようになりまして……」
彼女はここまで語つて来て、母の死を嘆くのか、我が身の好意が仇となつたのを悔いるのか、俄にあふれ出る涙を歯をくいしばつてこらえているようだつた。私はこの時、検事という職業は随分罪な、職業だと感ぜざるを得なかつた。
「でも私、なんにも存じませんの! 何も存じませんの! 私が母を殺すなんて、そんなこと露ほどだつて考えたことはありません」
突然さだ子はヒステリカルに叫ぶように検事に云つた。
「そりや勿論です。あなたがお母様をどうす
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