て火をつけ、天井をじつとながめていた。
 藤枝は何も云わずに、あいかわらず、エーアシップをふかしつづけている。
 ノックがきこえて、まもなくそこへ、次女のさだ子が、不安そうな顔つきであらわれた。

      6

 戸口にあらわれたさだ子は、姉に劣らず美しかつた。ひろ子の顔つきを理智的な美とすれば、さだ子の顔つきは情的な美しさをもつていると云える。きれいというよりは、むしろ愛らしい顔つきで、さつき見た時、ひろ子と初江とが、共通の表情をもつているのに反し、さだ子は、父親の顔にどこか似ているが、なんとなく淋しげな色がどこかに見える。これは平生でもそうなのだろうか、あるいはこの悲劇の直後だからだろうか。
「あなたは……さだ子さんですか……二番目のお嬢さんですね。今お父様にいろいろと昨夜の事情をうかがつた所です。……さ、そこにどうかおかけ下さい。……そこで、今お父様にうかがつた所では、二、三日前からお母様が風邪をひかれた。昨日は特に頭痛が烈しかつたので西郷薬局にそう云つて薬をお求めになつたそうですね。それをねる時に呑まれてから大変苦しまれて、あなたがお父様をお起しになつたという事ですが、そうですか」
 これは検事としては異例な質問である、と私は感じた。平生検事というものはまず相手に昨夜の有様を一応きいて、供述者等の供述に互に矛盾がないかを確かめ、それから後で、いろいろきくものだと私はきいている。然るに奥山検事は今、いきなり駿三の供述をさだ子の前にはつきり云つた。
 多分これは時間を節約する為と、それからこうした一家族の一人一人を調べる時は、仮りに口を合わせようとすればあらかじめ検事の来る迄にいくらでもそれは出来る事だから、却つて一人の供述をその儘伝えたほうが便宜だから検事は此の方法を取つたものであろう。
「はいその通りでございますの」
 さだ子ははつきり答えた。
「昨夜、夕食は何時頃でしたか」
「あの、たしか六時半頃と思います」
「皆さんが御一緒でしたか」
「はい、父母と、私共姉妹弟とそれから……」
「それから?」
「伊達さんでございます」
「伊達というのは? ご親戚ですか」
「いいえ……あの……」
 さだ子は急に顔を紅く染めながらちよつと口ごもつた。
「親戚ではございませんがこちらにおります方で……私と婚約の間柄でございますの」
 彼女はこう云うと下をむいてしまつた。

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