も御一緒ですか。暫くでした。今こちらであなたが見えるときいて待つていたところです。奥山検事が見えておられます。今屍体の現場に行つておられますから、なんでしたらすぐおいで下さい」
「いやありがとう。高橋さん、じやすぐまいりましよう」
 高橋警部の声に応じて藤枝はすぐ私をうながして立ち上つた。
 丁度そこへお茶を二つもつて来た若い女中に、ひろ子が何か云つているのにかるく挨拶しながら、二人は早速高橋警部の後について廊下に出た。
 私が、警部と藤枝のあとについて廊下に出ると、さきの二人は何か小声で話し合つていたけれども、私にははつきりきき取れなかつたが、『他殺』という一言が警部の口から出た事ばかりはききのがさなかつた。
 廊下を右に曲ると階段である。われわれはそれを上つて二階の廊下に出た。
 玄関からここまですつかり西洋間である。
 さすがに大実業家の家だけあつて実に堂々たるものだ、階段の壁の所に、ルーベンスの三人の女が立つている、なんとかいう画の写真がかかげてある。
 廊下の右手に三つばかり部屋があるらしいがみんな戸がしまつていた。
 そこを少し行くと、警部が立ち止つてふりかえりながら右側の大きなドアをかるく叩いて、
「ここです。屍体のおいてあるのは、検事もここにおられますから……」
 と藤枝に云つた。
 藤枝は幾分緊張した顔で私の方をさそうように見たが、ふと傍《かたわ》らの壁にかけてある美しい色の額をさしながら私にささやいた。
「オイ君、ゴッホだぜ。さつきのルーベンスの『ドライ・グラチェン』に気がついたかい。金持にしちやめずらしい趣味だね」

      2

 途端に右手の戸があいて、警部が先ずはいり、つづいて藤枝がさつさと中にはいつて行つた。後から私もついて行つたが、此の部屋は外見と違つて広い日本間である。二十畳もあるだろうか、見渡したところ、ちよつとお客でもする座敷らしいが、その上手の方に立派な床がとつてあつて、秋川夫人の屍体はその上に横たえられているらしく、その周囲にかねて顔を見知つている奥山検事が坐つて、かたわらの洋服の人と何かひそひそと語つているのは、おそらくは裁判所の書記ででもあろうか。
 死者に対する――殊に、ちやんとこうして形よくととのえられた屍体に対する礼儀を守つて、藤枝は小さい声で奥山検事に挨拶をしているらしいので、私は遠くの方にすわつてかるく一礼
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