の時僕が彼を訴える。しかし、一体どこに彼を犯人だと名指す証拠があるか? そもそも何を証拠に彼を弾劾できるか、なるほどさだ子は林田のアリバイをこわすかも知れない。しかし林田の二十日の夜のアリバイが立たぬとなつても彼が殺人犯人だといえぬことは、伊達の場合と全く同じさ。(あらしの前第一回参照)

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「一にも証拠、二にも証拠だ。林田の犯罪には一つも直接証拠がないんだ。ねえ君、君は刑事がどうやつてすりを捕えるか知つているかい。たしかにあいつが怪しい、ホラ今あの男にあたつた、と思つてそれだけでは捕えてもだめなんだ。刑事はひそかにすりの後を尾行するんだぜ。そうして確かな証拠を握れるまでいつまでもいつまでもあとを追う。云いかえれば被害者が、ほんとに物をとられるまで、待つているんだ。僕が検事をしていた時にも、刑事が余り早くすりを捕えすぎたんで、どうしても証拠があがらず、起訴することが出来なかつた場合がいくらもある。林田はたしかに犯人に相違ない。しかも、将来に於いても誰かを殺すだろう、しかしこれだけでは、あいつを捕えることはできない。いや、あるいはあの辺で捕まれば、彼としては『待つてました』かも知れない。『では私が犯人だという証拠をあげて下さい』と来る。そうすれば警察も検事も一遍にダアだからな。それも通常の犯人ならいざ知らず、林田程の者ならばどうにでもして嫌疑から逃れることを知つているよ。証拠のない殺人! この位始末の悪いものはないんだ。」
「成程、訴え出ない理由は判つた。それにしてもそれならばせめて警部にでもその話をしておく方がよかつたのじやないかな。でなければ将来被害者たり得べき三人の娘にでも警告しておくのが正当だつたじやないか」
「君は警部のあの頃の考え方を思い出していない。のみならず警部をして確信せしめるためにはやはり確たる証拠を必要とするのだよ。警部はすなわち法律家の一人だからな。それを見せない限り、僕の云うことは寝言とより外考えられなかつたに違いない。現に今日、さだ子の首をしめたのが林田と判つていてすら警部は未だ信じ切れぬようすだつたじやないか」
「それじや娘に警告するという方は?」
「なおいけない。娘にばかりじやない、君にもかくしておかねばならなかつたんだ。君でも三人のお嬢さんたちでも皆正直すぎる。もし林田が犯人だという事を聞かされれば、君らは必ずその様子
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