幼児は大きくなつて、父の仇を討つつもりである一家の人々を鏖殺《おうさつ》せんとした。彼は亡き父の為に他人を殺したつもりでいた。ところが実はそうでない。他人と思つたのが実は肉親なのだ。血族なのだ。血に狂つた彼は、肉親だと思つていた父が実は赤の他人だとは全く気がつかなかつたのだ。殺人鬼! そうだ。彼は殺人鬼だ。しかしこの殺人鬼はあわれにも、地獄からの呪いのおもちやにすぎない。彼は、父の仇をうつつもりで全く他人につかわれていたのだ」
 この物凄い物語りを藤枝は何故か必死になつて語つた。
 林田は物語の間、全く驚いたようすをしていたがしばらくして急に、爆発したような声で笑いはじめた。
「あはははは、君もずい分空想家だね。どこからそんな空想を考え出したのだい」
「空想じやない。僕はこの事実を知るためにわざわざこの間旅行して来たんだ」
「そんな馬鹿げた話があるものか」
「いや、断じて馬鹿げた話ではない」
「ノンセンスだ」
「断じてノンセンスではない」
 二人は掴み合わぬばかりにムキになつている。私には一体何で二人がこの問題にこだわつているのか、さつぱりわけが判らぬ。
 彼らの話は、どうしても伊達正男のことを云つているとしか思われない。やつぱり真犯人は彼だつたのか。それにしても、藤枝の説によれば、伊達の実の父は秋川駿三となり、林田に従えばやはり捷平になるのだ。なるほど、事件の暗さには関係するが、犯罪そのものにはまるで関係のないことではないか。
 私には、名探偵ともあろう二人が、こんな些細なことをムキになつて論じ合つている理由が少しもわからなかつた。
「君は今そう云つているがあとでよく考えて見給え。ゆつくりと一人で考えて見給え。僕の云つたことが正しいということが判るよ」
「何を馬鹿なことを云つているんだい、君は、君こそそのまちがいをさとるよ」
 二人はまだ同じことを云い合つている。
 気まずい沈黙がしばらくつづいた。
「では、これ以上、君に云うことはない。君が僕の説をどうしても容れない以上、僕は僕の勝手な行動をとるよ」
 藤枝は立ち上つたがやがてポケットから一つの封書をとり出した。
「ここの中に僕の云つたことを立証すべき書類がすつかりはいつている。ゆつくりとよんでくれ給え。ではこれで失敬する」
 林田はだまつてこれを受け取つた。
 二人は不機嫌のままで袂を別つた。
 一体、二人はい
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