たみかけた。
「いいか。君も知つている通り、この惨劇の遠い源はあるいまわしい姦通劇なのだ。ここにある一家の主人があつて不倫にも人妻に恋をした、その人妻は不らちにもこの汚れた恋を許した。姦夫姦婦はこうやつて不義の快楽にふけつていたのだ。けれどもこの恋は恐ろしい結果を生んでしまつた。妻をとられた夫はとうとうこの関係を探知したのだ。彼は呪つた。恨んだ。しかし結局彼はどうすることも出来なかつた。この不幸な夫婦にはまもなく死という運命が来た。その時、彼らの間にはたつた一人の幼児が残つていた。彼らはおそらくこの子に向つて永遠の復讐と呪いを吹きこんだに違いない」
「そうだ。かかるが故にその子はまず第一に、相手の妻を殺し、次いで息子を殺し、更にその娘を屠り、最後にめざす相手を殺した、ということになるのだ」
「うん、それはそれでいい。しかし彼ははたして、何人に対して復讐したことになるのだろう」
「いうまでもなく、自分の亡き父の為に」
「父の為に誰をやつつけたんだ」
「無論その仇をさ、秋川一家さ」
「林田君、僕はそこにおそろしい錯誤がある[#「そこにおそろしい錯誤がある」に傍点]、というのだ。いや、おそろしい……全く世にも恐ろしい錯誤があると断言するのだ」
「とは一体何のことだい」
林田の言葉は緊張の為にいささか慄えをおびている。答える藤枝の言葉も同様だ。
「妻をとられた夫が、わが子に復讐をふきこむとき、とるべき最も深刻な方法は一体何だろう」
5
林田にはこの問はちよつと判らなかつたらしい。
「ねえ林田君、ここに一人の病身な男がある。彼は自分の妻の不義をだまつて見ていなければならなかつた。彼は相手を呪つた。呪つて呪つて呪いぬいた末に、ここに絶好な深刻な復讐を思いついたのだ。その復讐とは何か。子を父に、弟を姉妹兄弟に、肉身に対して肉身の復讐をすることなんだ。君、彼がわが子わが子と云つて最後まで愛撫し、最後まで仇討をたのんだその幼児は、一体誰の子だと思う? それこそすなわち不義の相手の子だつたのだ。正しくそれは自分の子ではない。自分の妻の子ではある、が、しかし断じて自分の子ではない。不義の相手の子である。彼はそれをよく知つていたのだ。それをよく知つていてその子に、全く自分が父であると信じさせ、そうして他人のつもりで相手の名を幼児の頭にふかくほりこんだのだ。可哀相に、その
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