ですな」
「藤枝さん。つまらぬ理窟はやめましようよ。いくらむずかしいことを云つたつて、犯人を捕えなければ何にもならんのですからね」
 これには藤枝も一言もないらしかつた。
「伊達が夕方出かけたということはたしかなのですね」
 木沢氏はおずおずしながらたずねた。
「ああ、あなたは、今朝も伊達の容態をごらんになつたんださうですね」
「はあ、床にはいつていました」
「しかし起きられぬことはなかつたのでしよう」
「そりやそうです。起きようと思えば立つてあるくことが出来た筈です」
「伊達が夕方出かけたということは、本人もはじめは中々云わなかつたんですよ。雇婆さんも、伊達から口どめされたと見えて、はじめは中々口を割らなかつたんですが、とうとうこの方から落してしまつたんです。その婆さんの言によると伊達は夕方、林田さんの見まいをうけるとまもなく、にわかに床から出て制服をつけたがちよつと出て来るからと婆さんに云いおいて、家を出たというのです。それから十二、三分ほどたつと、顔色をかえて戻つて来たが、急に婆さんをよんで、誰が来ても何も云つてはいかん、と云つたというのですよ。今、伊達に婆さんを対決させて取り調べたのですが、とうとう伊達もこの事実を認めました。おまけに秋川家の雇人で久という女中が伊達の逃げさる時の姿を見ていますから、これはもはや疑う余地はありますまい」
「それで、伊達は殺人の点を否認しているとすると、何の為に秋川家に行つたというのですか。さだ子にでも会いに行つたというわけなんですかね」
 今まで黙つて問答をきいていた林田が口を出した。
「そうです。その通りです」
「それにしちや病人が急にとび出すというのはおかしいですな」
 藤枝が云つた。
「そうです。だから私も無論そこを突いて見た。すると彼のいうには、実は今まで警察ではひろ子を疑つているようだつたから安心していた。すると夕方林田さんが見まいに来てくれた時、警察ではひろ子の疑いが全く晴れたという事をきかされたというのです。林田さん、ほんとうですか」
「そうですね。私が見まいに行つてやつた時、その話も出たかも知れませんよ。……ほら、小川君、君に電話をかけてから私は伊達を見まいに行つたのでね」
「それで、こりやまた自分とさだ子に疑いがかかるかも知れぬから少しも早くさだ子にこのことを告げようというので病をおして出かけた、というわけで
前へ 次へ
全283ページ中214ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング