心配をかけるなという意味であろう。
 私は、黙つて、受話器を藤枝に手渡して後にさがつた。
 おそろしい手紙の事で、夢中になつているらしいひろ子には、幸い私のへんな様子は気付かれなかつたらしい。
 私は手紙を手にとつたまま、椅子の所にぼんやり立つている彼女に向つて、
「今、すぐ車が来ますから、まあおかけになつていらつしつて下さい」
 と云いながら、たえず藤枝の方に注意していた。
 しかし、本人の藤枝が電話口に出た時は、もうあの怪しい相手は話を切つてしまつたとみえて、彼は少しも妙な会話をはじめなかつた。やがて彼はおちついた声で、
「え、日の出タクシーですか。こちらは藤枝です。一台すぐよこして下さい」
 と云いながら電話を切つてしまつた。
「今すぐ来ます。この裏ですから二、三分で来るでしよう。それまでお待ち下さい」
「どうもいろいろごめいわくをかけまして、ほんとうに申し訳ございません」
「どう致しまして……それでと……すぐ車が来ますがそれまでに一言うけたまわりたいのですが、最近の御父様のようすは、つまりさつきおつしやつた状態がだんだん進んだ、というのでしような。手紙がまたさかんに来る、というような事なのでしよう。最初あなたが、漠然という言葉を使われた所からみても、とり立ててこれというような事件が、最近におこつたわけではないのでしようね」
 彼は、ちよつとの間に、すばやく要領を得ようと努力をした。
「はい、一言で申せばまあそんなわけでございますの」
「それから、その手紙ですが、あなたにあてられていますから無論これはあなたがおもち帰りになつていいのですが、もし出来ることでしたら私に御預け願えませんでしようか。何かの参考になると思いますから」
 ひろ子は、何の躊躇もなく、今きた手紙を藤枝に渡したのであつた。
 丁度その時、
「自動車がまいりました」
 と云つて、給仕が顔を出した。

      4

 藤枝は、ひろ子と私を玄関まで送り出して来たが、頻りとひろ子に対しては、勇気をつけるような事を云い云いしていた。
「ですけれど、もし余り御心配ならば、いちおう警察におつしやつた方がよくはありませんか。その辺は充分にお考えになつて……じやあ君、よろしく頼むぜ。お送りしたら直ぐに戻つてき給え」
 エンジンが音を立てはじめた時、彼は一言私に向つて云つた。
 二十一歳になる美しい令嬢とたつ
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