ひろ子はこう云つたものの、やはり気になると見えて、すぐには去りかねているようすである。
「失礼ですが、私どうせひまですから、お宅までお送りしましようか」
私は、二人の中どつちともつかずに云つた。
「大変でございますわ」
「いいえ、小川君はどうせ今ひまなのです。それに人間も確かですから、小川君に送つてもらいましよう、ねえ秋川さん、そうなさつたらいかがです?」
「でも余り……はじめて伺つて勝手でございますから」
「何、いいですよ。小川君に頼みましよう」
彼はこう云つて私を見た。
「ねえ君、君が行つてくれれば安心なんだが、その辺の流しの車を捕まえてうつかりのるのはまあけんのん[#「けんのん」に傍点]だ、君、すまないが日の出タクシーへ一台よこすように云つてくれないか」
「うん、よし」
私はすぐに、電話器の所に行つて指でナンバーを廻転しはじめた。
ジージーと明らかに相手をよんでいる音がきこえるが、中中相手は出て来ない。
すると、どう混線したか、妙な声が途中でしきりにきこえて来る。男の声か女の声かはつきり判らない。
「かけてるんですよ。困りますね。切つて下さい」
私はじれ切つてその声に向つてどなるように叫んだ。
すると、どうだ、その不思議な[#「不思議な」は底本では「不思議が」]声がこういうではないか。
「ほほほほ、藤枝さん、余計なことに手を出すものじやありませんよ。秋川家のことには手をお出しなさいますな!」
3
「何?」
私は思わず、電話口で大声をあげた。
「秋川家のことに手を出すものじやないというんですよ。どんな不幸が来ても、来るには来るだけの理窟があるんだから、藤枝さん、むやみに手を出すととんだ事になりますよ。ほほほほほ」
「何だ。オイ、君はいつたい誰だ」
声では男女がはつきりしないが、言葉の云いまわしはたしかに女とみえる。この不思議な声に対して、私はとびかかるように、またどなり返した。
「おい君、どうしたんだい」
左の肩をちよいとつかれて、ふりかえると藤枝真太郎が、早くもこの電話の応答を怪しいとみたか私の側につつ立つて、さぐるような目つきをして私をにらんでいる。
「妙な声がきこえて来るんだよ、それが秋……」
「シーッ!」
彼はこわい目をして私をにらみながら、ちらとひろ子の方を見た。ここでへんな事をいい出して、この上この美しい女性に
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