た。
封筒の中からは卵色の洋紙が出て来た。
一応藤枝が目を通して、それからひろ子嬢と私の前に出したのを見ると、邦文のタイプライターで全部、片仮名で次のような文句が書かれてあつた。
[#ここから1字下げ]
タダチニ、ウチニモドルベシ。ナンジノイエニ、オソルベキコトオコラン。カカルトコロニ、イツマデモイルベカラズ。
[#ここで字下げ終わり]
「つまり、あなたに直ぐ帰れと云うんですな」
藤枝は、にこやかにひろ子嬢に話しかけた。
「あの、私がここにまいつておりますことなんか、誰も知つているわけがないのですが」
令嬢は青くなつて立ち上つた。
「秋川さん、そう御心配になるには及びませんよ。まださつきのお話もすつかりうかがつてないのですから、もう少しお話し下さいませんか。私もついているのですから大丈夫ですよ」
2
藤枝は、秋川ひろ子の話に余程の興味をもつたらしい。肝心の所で、話が途切れかかつたので、後をつづけさせようと、しきりとひろ子を落ち着かせて、その後をきこうとした。
しかし、さすがの彼の雄弁と努力も、目《ま》のあたり今きた三角の印が、ひろ子に与えた影響にはかなわなかつた。
やはり弱い女性である。しつかりしているように見えても秋川ひろ子は矢張り女である。
私はそう感じたと同時に、この三角形の印のある手紙が、最近どんな恐怖を秋川父子《おやこ》に投げ与えているか、という事もはつきりと感じられた。
おそらく、ひろ子が、これから語ろうとした事実には余程深刻なものがあるらしい。
藤枝が頻りとききたがつていたのも無理はない。
約二、三分、藤枝はいろいろとひろ子を説得したけれども彼女はもう腰がおちつかず、
「でも私……何だか恐ろしくて……」
と云つて立ち上りかけていた。
こういう有様では、とうてい今ここに落ち着かせる事は出来ぬと悟つたか、藤枝は、とうとうこう云つた。
「私は決してそう御心配になる事はいるまいと、思うのですけれど……まだすつかりお話をうけたまわり切れぬうちに、そう断言するのも軽率[#「軽率」は底本では「軽卒」]ですから、それほど心配になるならすぐにお帰りになつたらいいと思います。……しかし、まだ、明るいですが、一人でおかえしするのは、ちよつと心配ですから……」
彼はこう云つて私のほうを見た。
「いえ、私一人で結構でございますの」
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