気持なので私は一刻も早くここを逃げ出したかつた。が、ひろ子は折角今までいたのだから、どうしても次の、梅幸、羽左衛門の『かさね』を見て行く、と云つて頑張つた。それは明らかに負けおしみだつた。彼女は今ここを逃げ出せば自分の負けだ。もう少し頑張ろう、という気らしい。けれども心の中では私以上に苦しんでいるにちがいないのだ。
しかし何と云つても矢張り女である。
物凄い木下川《きねがわ》堤で、与右衛門が鎌を振りあげてかさね[#「かさね」に傍点]を殺しにかかつた時は、ひろ子ももはや堪まらなくなつたらしい。幸い、舞台の照明がひどく暗いので今立つても人目にわりにつかない時である。
私は、かさね[#「かさね」に傍点]が『のう情けなやうらめしや……』とかきくどいているのを後に、三人を促して逃げるように劇場を出てしまつた。
こうして二十三日の外出はさんざんの失敗に終つた。
令嬢達は帰りの自動車の中で、一言も口をきかなかつた。私はただひたすらに恐縮し切つて、だまり込んでいた。この二人の美しい令嬢の一人が数日後に無残な死体となるだろうとは露ほども考えずにただ自分の失敗を韮をかむような思いで心の中でかみしめていた。
9
四月二十四日の午前、まだ病床にいる藤枝を訪問して、私は昨日の失敗をくわしく物語つた。
「そいつはしくじつたな。成程僕がそこに気がつかなかつたのは大失敗だつた。じや、こうしたまえ。もうお嬢さん方もああいう所へ行くのはこりこりだろうから、郊外をドライヴさせるんだ。ともかく外出することをすすめたまえ。それから今日は君は必ずしもついて出ないでもいい。ついて行つても無論かまわないが……」
「何にしても、早く君になおつてもらわんと困るね」
こんな会話をした後、また私は秋川家を訪問した。果してひろ子も初江もすつかり昨日の事でこりて、もう一歩も外出しないというのである。
私は、藤枝がなおるまで――それはもう二日位のことだから、それまで私のいうことをきいてくれということを切に述べた。丁度林田も来合わせていたので、林田にもそのことを伝えると(但し藤枝の真意は私はのべなかつた。ただ気の晴れるように出かけたらよかろうと藤枝が云つている、ということにしておいた)彼も同意なので二十四日の日は、私は秋川邸に残り、ひろ子、さだ子、初江、それに林田と伊達が加わつて、郊外に出かけて行
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