つた。
 令嬢達が出かけてしまつたので、私はどうしようか、と考えていると、突然、来合わせていた木沢氏が私のいる応接間にやつて来た。
「いや、先日は失礼しました。もう御主人も大変いいようです。もうおきていられますよ。今ここへ来てあなたに何かお話があるそうですから、ちよつとお待ち下さるようにとの事です。私は今日は失礼します」
 木沢医師と入れちがいに駿三が現れた。
「昨日はどうも御厄介でした」
「とんでもないことで。とんだ失敗をしましてね」
「しかし、今日はあなたの御注意で、郊外に出て行きましたから皆よろこんでいることと存じます。藤枝先生は如何ですか」
「もう大分いいんですよ。あしたかあさつてはおきて来るでしよう」
「時に、ちよつと私から申し上げたいことがあります。実は、先日からお話しようと思つていたのですが……」
「はあ」
「伊達正男の事ですがね、藤枝先生は大層あの男のことを気にしていられるようで、ひろ子にも、しきりに御注意なされたそうですが、あれは決して怪しいものではないのですよ。私とは親戚の関係は全くありません。ただあれは私の恩人の子なんです。私が若い時に大変世話になつた人があるのですが、それが、不幸にも、夫婦とも短い間に死んでしまつて、あの子は、可哀相に孤児になつてしまつたんです。それで私は恩人に対するせめてもの恩返しとして、あれを立派な男に育ててやつたのです。あるいはもうおききかも知れませんが、私はあの男がさだ子と結婚したら相当の財産をわけてやる気でいます。ただ妻は反対しました。しかしこれも恩人に対する私の恩返しのつもりなのです。今まではつきり申さなかつたので変にお考えのようですが実はそう云うわけなのですから、この点をどうか藤枝先生に充分お伝え願いたいと思います」
「ほほう、そういうわけだつたのですか。して伊達君はそのわけを充分知つているのでしようねえ」
 何故か、この時、駿三の顔にちよつと暗い影がさした。
「さあ知つておりますかも知れません。しかし、恩返しにあれを育てたなどというのは、またこつちから恩を売るようなものですから、私自身からは一度も申したことはありません」

      10[#「10」は縦中横]

 駿三と私とはなお暫くいろいろな話をしたが、別にとり立てていうべき程のこともなく、午後私は秋川邸を辞して再び藤枝を訪問した。
 そうして駿三が伝えて
前へ 次へ
全283ページ中151ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング