わしからぬ手おちというべきであつた。

      8

 藤枝も私も、これまでただ生命、身体に対する危険のみを考えて名誉に関する危険ということを全く忘れていたのだ。
 劇場にはいつて一旦席をとり、幕のあくまで廊下を散歩していた時、早くも数名の男女が一斉にわれわれを見て何かひそひそ云つているのに私は気がついた。
 はじめ私は、ひろ子と初江が余り美しいので人々が目を見はつているのだと思つていたが、どうもちよつと様子がおかしい。しかし、幕があくまで私はおろかにもその意味を充分に解していなかつた。
 一番目の幕があいて、金襖を背景に梅幸が、あの古典的な端麗な姿をあらわした時、私の耳についたのは、
「音羽屋!」
 という大向うのかけ声よりもすぐ後の椅子で、無遠慮な男が二人で話している声だつた。
「おい、ありや秋川駿三の令嬢じやないか」
「うんそうそう、新聞に写真が出ていたが、まさにあれだよ」
「驚いたね、平気で芝居に来ているとは!」
 私は、邦楽座で感じた以上の、不愉快さを感じはじめた、こりやいかん。とんでもないことになつたぞ。こう思いながら、そつと二人の令嬢の方を見ると、幸い二人とも舞台に気をとられていて後の話には気がつかないらしい。
 けれども、私はもはや芝居どころではない。気が気でないのである。
 五分間の幕間には、ひろ子も初江も席をはなれなかつたから、ここは無事に通過したが、次の十五分間の休みの時には、二人とも廊下で全く人にかこまれてしまつた。
 二人とも、もうその意味が判つたらしく、すつかり心で後悔しているようだつたが、ひろ子は、これを感じると、心で何くそ、と決心したらしく、昂然として、平気で美しい顔を人々の前にさらしていた。初江のほうはこれに反してしよげ切つて、いそいで久や[#「や」に傍点]と共に席にもどつたが、ひろ子は中々席にもどらず私にしきりと芝居の批評などをするのである。
 しかし、次の食事時間に至つて、周囲の人達の態度はますます露骨になつてしまつた。
 食堂では、私は無論気をきかして私の名で席をとつておいたのだが、まわりの人達の視線はひとしくわれわれの上に注がれている。
 初江はもうひどくまいつてしまつて一言も発しない。
「いやねえ、ほんとに。馬鹿らしいじやないの!」
 ひろ子はたまりかねて初江にこんなことを云い出した。
 まるで周囲から圧迫されるような
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