相変らず自動車中を一杯に煙草の煙を吹きつづけたが、何を思つたか、ふとこんなことをいい出した。
「あの、伊達正男という青年ね。ちよつと好意のもてる顔をしているじやないか。いい青年だよ。僕は、彼が今度の犯罪事件に全く関係のないように望んでいるんだがね。そういえばあの男たしかに誰か僕の見た男に似ているよ。どうも思い出せない……」
 私にはしかし彼のいつてることがよく判つていた。伊達は、そのおもざしが、花形力士天竜をまともに見た時の感じによく似ているのである。あの凛然としていて同時に一くせありげな面だましい、ともいうべき顔によく似たいい男である。
 この年の一月場所、私は藤枝を角力にさそつたことがあつた。少年時代に、梅《うめ》ヶ|谷《たに》、常陸山《ひたちやま》の角力を見た切り、さつぱり角力を見たことのない彼は、つまらなそうに土俵を見ていたけれど、幕内の土俵入りの時早くも彼は天竜を見て、
「ありやいい角力だね。何ていうんだい」
 と私に説明を求めた。
 ついで天竜が土俵に登つて能代潟《のしろがた》と戦い、掬投《すくいな》げでこれを仕止めると思わず拍手を送つて喜んでいた。もつともこの日人気の焦点となつた勝負は武蔵山と朝潮の一番で、立ち上つてから左四つになるまで、朝潮甚だしく優勢で、武蔵山は東二字口に寄りつけられ危く見えたが、これを残して左をさすと、朝潮の打つた例の強引の小手投げに乗じて、掬投げを打ち返し美事に武蔵山の勝となつたのである。
 藤枝の頭の中には天竜の顔がおぼろげながらうつつて伊達と結びついているのだろう。
 私はわざと何も云わず、やはり煙草をふかしていた。
 自動車が警察署の前につくと、藤枝と私はただちに、高橋司法主任の部屋に通された。
「さき程はありがとう。早速小川君をつれてうかがいましたよ」
「いや大分手ごわいので刑事も閉口したらしいのですが、やつとさつき口を割るようになつたので、取り敢えずおしらせしたようなわけで」
「ありがとう。で、供述はピンと来ますかね」
「まあ、殺人の点は否認しておりますが、邸宅侵入は立派に認めています。この点は間違いはありません」
「ふうん、で、動機は窃盗ですか」
「いや。被疑者は佐田やす子の情夫ですよ。僕の方でも調べたんだがあの佐田やす子という女は今まで方々のバーやカフェーを渡り歩いた女ですな」
 この時、給仕がわれわれの為に茶をも
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