つて来てくれたが、私は高橋警部の前におかれた訊問書の上書をちらと見ることができた。
 そのはじめの行に何かむずかしい法律語が書いてあつたが次のところには、
    住居不定  無職
      岡本一郎事  早川辰吉
           (当二十三年)
 と記されている。
 藤枝も茶に口をうるおしながらそれを認めたものと見え、
「その早川辰吉というのが、今日の被疑者ですね」
「そうですよ。さつきから暫く休ませてあるのですが、もう一度ここで改めて供述をきく所だつたのです」
 高橋警部はそういうと卓上の呼鈴を押した。
 やがてドアがあいて、制服の巡査がはいつて来ると、警部は何か小声でささやいていたが、巡査はすぐ立ち去つた。
 二、三分程たつと、さきの巡査が一人の青年をさきにたてて部屋にはいつて来た。
 これが早川辰吉という男であろう。

      2

 私はその青年を見て少々驚いたのである。
 昨夜あの秋川邸に侵入した上、二人の人間を殺したのじやないかという恐ろしい嫌疑のかかつている男のことだから、しかもその上、刑事を相当手こずらしたのだという以上、余程|獰猛《どうもう》な青年が現れると想像していたのだ。
 ところが、今われわれの前に出て来た早川辰吉はどう見てもそんな大犯人とは見えない。かりに犯罪をやつてもたかだか空巣を狙う位の所だろう位にしか考えられない。
 暫く留置場におかれたので眠不足《ねぶそく》の顔色は全く衰弱し切つてはいたが、一見やさしい好男子で、しかもどことなく品がある。
 今車の中で話に出た伊達を凛然という言葉で形容すれば、この早川の方は決して凛然ではないが、やさ男である。伊達がどこか天竜を偲ばせるとすれば、早川の方は役者の感じだ。(私は読者に早川辰吉の顔をはつきり呑み込んで貰いたい為に、東京の福助の顔をあげたいのだがあれでは余り美しすぎる。あの感じの顔をもつとずつと汚くして考えて頂きたいと思う。それに加うるに時蔵の憂鬱そうな感じを混ぜて考えて頂けばややこの男のようすが判ると信ずる)
 よごれたかすりの着物に兵児帯をしめ、足には草履をはいている。
 すつかり諦めきつたという様子で、警部の質問に対して、語りはじめた。
(早川辰吉が育つた所は、彼の供述でも判る通り関西方面なので彼の話は全部上方弁で語られたのだが便宜上、ここには標準語に改めて御紹介する)

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