の時分、スリッパのまま庭に出た人間が一人あるのだ」
 私はこの時暫く考えて見た。藤枝、私、警部はいずれも玄関から靴で出、ひろ子は下駄で出ている。ただ林田一人は急をきいて二階から下り、靴をはく間もなくそのままあのガラス戸の入口からスリッパでかけ出して来たのだつた。
「うん、林田がスリッパをはいていたよ」
「いや、それ以外にもう一人あるということさ。林田がスリッパをはいて出ていたことはよく判つている。然し彼はあれからまたガラス戸の入口から上つて行つた筈だぜ。ところが君、昨夜、裏口から上つた時僕は一足の土のついたスリッパを発見したのだ。しかも偶然に!」
 私は昨夜のあの時の事を思い出した。
「われわれは一体このスリッパは誰によつてはかれたか、しかしスリッパの主は何のために外に出たかを考える必要がある」
「え……それから駿太郎は?」
「さ、それさ。駿太郎が部屋からとび出したのは決して暴力を用いられたのではないということを君も了解出来るだろうね。少くとも彼は自己の意思で部屋をとび出したのだ。しかも非常にあわててね」
「何か見たのかしら」
「見たとすれば、それは決して恐ろしい光景じやあるまい。もしそうなら、キャーとかワーッとかいう筈だからね」
「とも角レコードをかけつ放しにしてとび出したのだから余程いそいでいたと見える」
「ところがそれ程いそいでいた駿太郎が、ちやんとドアをしめて出て行つたのはどういうわけだろう。君はたしかあそこのドアがチヤンとしまつていたと云うが……」
「そうだ。たしかに……」
「こうは考えられないかね。駿太郎はわざとレコードをかけ放してドアをしめて出たのだと」
「というと」
 私はちよつと判らないのでこうきいて見た。
「つまり彼は、実は自分があの部屋にはいないのに外からちやんと中にいると思われるようにしたのじやないかしら」
「成程」
「次に犯人の活躍ぶりを一応考えて見よう。さきに云つた事情で駿太郎の犯人――恐らくはやす子の犯人はあの庭の木立の中で電光の如くに二人をやつつけたのだ。いいかい。これが人里はなれた一軒家でやつたのではないよ。うちの中にはわれわれはじめ多くの人がいて、いつ偶然のチヤンスから庭に出ないとも限らぬ状態だつたのだ。とすると、犯人は実に短時間の間、身を非常に危険な状態においていたことになる。これは実に彼としては死物狂いの、デスペレートな襲撃と
前へ 次へ
全283ページ中107ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング