云わねばならぬ」
「実際、もし見られれば万事休矣《ばんじきゆうす》だからな」
「しかし、この位の大シンフォニーの作者がそれ程大きな危険をいかにデスペレートになつたからと云つて、平気で冒すだろうか」

      9

「かりに犯人が死なないうちのやす子、駿太郎の側にいることを偶然に人に見られて万事休矣という場合に立つただろうか。もしそうだとすれば犯人はわりに長い時間(といつても一分か二分だが)に渉《わた》つて非常な危険に身をさらしたというべきである。わが尊敬する犯罪王ナポレオンがいかにデスペレートになつたからと云つてそんなへま[#「へま」に傍点]をやるだろうか。僕はそうは思わないね」
「というと?」
「すなわち犯人の危険は僅か一瞬間だつたのだ。一秒にも足らぬ間だつた筈だ。駿太郎の頭を割つているところ、またはやす子の首をしめている所を見られれば誰だつて万事休矣だ。しかしこれは時間にして極めて短い。犯人の計算によればこれが発見されるプロバビリティはごく小さかつたわけだ」
「じや殺人の直後に見られてもいいのかい」
「そうだ。僕はそう考えるべきだと思う」
「僕にはちよつと判らないな」
「判らないかい――じや例をあげて説明しよう。今かりに秋川家のおやじ[#「おやじ」に傍点]が駿太郎の死体の側に立つている所を、偶然僕に発見されたとする。その時彼が『先生、大変です。へんな声がきこえたので来て見るとこの有様です』と云つて僕にすがりついたとして見給え。僕はただちに彼を疑い得るだろうか。彼にとつて万事休矣だろうか。そうじやあるまい。あの家のおやじ[#「おやじ」に傍点]が自分の庭を歩くのを怪しむわけにはいかないからな。だからかりに駿三が駿太郎を殺すとすれば危険は甚だ少いわけである。これと同じ理由で、ひろ子かさだ子が、やす子の死体の側に立つている所を、誰か女中――例えばあのお清[#「お清」に傍点]という女に発見されたとしよう。『大変よ、清や。大変よ、やす子が……』と云つてウーンと後にのけぞつて目でもまわして見給え、誰がひろ子やさだ子を疑うだろう」
「成程、では君は、今度の殺人犯人はきつと家の中の奴だと思うのだね」
「いよいよグリーン殺人事件だ。あの時庭にいた犯人は家の中の人々すなわち家族の一人かまたは、やす子や駿太郎に甚だ親しい人間と思うのが至当だろうね、つまり今云つたように殺人直後に発見
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