ひろ子のはからいで靴が表玄関に廻つていたので私達は玄関の方に行つた。
林田も帰るつもりと見えてついて来た。ひろ子は送つて来ながら、自動車を呼ぼうと云うのを、林田も藤枝も辞退した。
靴をはく時、藤枝が思い出したように、ひろ子を呼んできいた。
「あのピヤノの部屋ですがね。あそこのブラインドをいつ誰がしめたか、きいておいていただきたいのですが……」
「あのブラインド? いけませんでしたの? あれは私がさつきしめましたのよ。皆さんがたが外でいろいろ調べていらつしやる間に……」
「あ、そうですか。いやいけないというんじやないのですよ。その時ヴィクトローラに手をふれられたでしようか」
「いいえ、私窓だけしめてすぐ外に出てしまいましたの。何かどうかしておりますの?」
「いえそうじやありません。つまり駿太郎さんがレコードをかけつぱなしにしたままになつてるんですね」
林田は靴をはき終つて一足先にさつさと行つてしまつた。
「はい、私そう思います」
「それから裏口にたくさんスリッパがあるでしよう。あの中に裏に土のついたのが一足ありますから誰にも云わずに別にしておいて下さい」
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「はい、それはあの今しがた林田先生からもそう申されましたのでちやんと別にしておきました」
「へへえ?」
これには藤枝も驚いたらしい。藤枝が内心得意になつていた発見を競争者たる林田はもうちやんと知つているのだ、しかも藤枝より一歩を先んじてひろ子に注意を与えている。
藤枝はそれきり何も云わずに、秋川邸を出た。
「驚いたね。林田という男は成程ききしにまさる探偵だよ」
しかし藤枝はさつきの草笛の一件からまだ私に対して気を悪くしていると見え何も云わなかつた。
「しかし先生のカイゼル髯はちとおかしいね。あの男は変装なんかしないのかしら……」
「おい、何を云つてるんだ。あれが附髯なのに気がつかないのかい。警察の人達なんか皆よく知つているぜ。敵を欺く手段とおぼえたりさ。事件の現場へはいつもあのカイゼル髯で現れ給うんだよ。だから君はじめ秋川家の人達もほんとのひげだと思つてるんだろう。もつともあれがないと先生鼻の下が馬鹿に長いからこの頃は平生でもあれをつけてるつて話さ。ははははは」
ともかくやつと藤枝のご機嫌がなおりかけて来たのは何よりだ。林田のカイゼルひげも飛んだ所にお役に立つたつていうわけである。
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