ないよ」
彼はこういうと、そばの竹針をとつてそのレコードをはじめからかけながら、目を皿のようにしてヴィクトローラの中を見つめていた。
葬送行進曲は再び奏でられはじめた。しかしあの美しい部分にはいらぬうち、すなわちABAという形式のAの部分の途中で、藤枝は不意に廻転をとめてしまつた。
3
「へええ、ちようどここで終りだよ」
「何がさ」
「きれいな所がだ、音楽のことじやないよ。レコードの表面のことだ。つまり最近針が進んでいたのはここまでだというのさ」
「だつてさつきは確かにもつとさきまで行つていたと思うがね」
「そうさ。わが音楽趣味に感謝す、さつき僕はここん所をきいたと思うよ」
彼はこういうと、口笛でショパンの葬送行進曲のトリオの部分をふいていたが、ふと振り返つて窓を見た。
「ブラインドが降りているね、さつきやす子を調べていた時はこの窓が三つともあけてあつたと思うが」
「うん」
「君はこれらの窓の上があいていたか下があいていたか判然とおぼえているかい。――特にこのヴィクトローラの側の窓の……」
「さあ、はつきりしないが、下の方が二尺ばかりあいていたと思うよ。そうそう、窓と云えばさつきね」
私は例の草笛とやす子の表情の一件を思い出したので手短かに藤枝に話したのである。
しかしこの事実は驚くべき興奮を彼に与えてしまつた。
「馬鹿だな君は! 何ていう間抜けだ! 何故もつと早く云わなかつたんだい。あの時すぐに云つてくれればあるいは此の惨劇を防ぐことができたかも知れなかつたのだ」
余程残念だつたと見えて、彼は大きな声をたてて私にくつてかかつた。
その時、ドアがあいて林田がはいつて来た。
「どうしたんだい。何を怒つているんだい?」
藤枝はまだおさまらず林田に草笛の件を話してしまつた。
林田はそれをきいてやはり愕然としたようだつたが、さすがに私にくつてかかりはしなかつたが、軽い批難を浴びせた。
「そんなことがあつたんですか。そりや私も藤枝君に賛成だな。小川さんがあの際すぐ云つて下さればどうにかなつたかも知れない。しかし君、小川さんは探偵じやないんだから……それにもうすんでしまつた事は仕方がない」
ともかくこう云つて藤枝をしきりに落着かしてくれた。
「すんだ事は仕方がない……か。そりやそうだね」
藤枝もあきらめた調子で云つたが大分不機嫌だつた。
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